遺産分割協議書は、相続人全員で遺産の分け方を話し合い、合意した結果をまとめた書類です。遺産分割協議を終えた後でも、無効や取り消しを主張できる場合があります。
この記事では、遺産分割協議書が無効や取り消しとなる事例や、主な手続きを解説します。一度合意した遺産分割協議を「やり直したい」と思っている方は必読です。
- 遺産分割協議書は、無効・取り消しにできる場合がある
- 遺産分割協議のやり直しも可能、話がまとまらない場合は訴訟も可能
- 無効には時効がないが、取り消しには時効がある
遺産分割協議書は無効・取り消しにできる?
遺産分割協議書は、あとから無効や取り消しにできる場合があります。協議書は相続人が合意した内容を記載した書類なので、通常であれば変更はできません。しかし、適切な理由がある場合は、あとから無効や取り消しを主張できます。
無効と取り消しの違い
無効と取り消しの違いは、当事者による意思表示が必要かどうかという点です。
無効 | ・法律行為の効力が初めから生じていない ・当事者による意思表示は不要 |
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取り消し | ・いったん生じた法律行為の効力を初めに遡ってなかったことにする ・当事者による意思表示が必要 |
無効事由に該当する場合、特別な意思表示をすることなく無効になります。これに対して取消事由がある場合は、当事者である相続人が取り消しの意思表示をして初めて無効となります。取り消しの意思表示をしないと、その間は有効な法律行為等として扱われるので注意が必要です。
ただし、どちらも最終的に協議書の効果が無効になる点において違いはありません。取り消す場合も、意思表示が認められれば法律行為の効力を最初からなかったことにできます。
遺産分割協議書が無効になる4つのケース
遺産分割協議書が無効になるのは、主に以下4つのケースです。
- 相続人全員が参加していなかった場合
- 相続人でない者が参加していた場合
- 相続人に判断能力がない者がいた場合
- 協議内容が公序良俗に反する場合
各ケースについて詳しく解説します。
相続人全員が参加していなかった場合
遺産分割協議に相続人が1人でも参加していなければ、その協議は無効となります。協議には相続人全員の参加が必要なので、故人との関係が悪い相続人や関係性の薄い人物がいたとしても、協議に参加しないと無効になります。
下記のケースでは相続人同士の関係が希薄になりやすく、全員で協議を行うのが大変なので特に注意が必要です。
- 後から亡父に婚外子がいたことが判明した
- 異母兄弟や異父兄弟などがいた
- 代襲相続が発生していた
ただし、相続開始の後に認知された者がいる場合は、その被認知者を除外しても協議は無効とならず、あとで金銭的な調整が可能です。
また、連絡先や住所地がわからない行方不明の相続人がいる場合、家庭裁判所が選任する不在者財産管理人が代わりに参加すれば、遺産分割を行えます(民法25条、28条)。
遺産分割協議をする際、必ずしも相続人全員が一同に会する必要はなく、持ち回りによる協議も有効です。
相続人でない者が参加していた場合
遺産分割協議には相続人でない第三者が加わっていた場合、相続人でないものが取得した遺産のみが無効になります。第三者には、相続欠格等によって後に相続資格を失われた人も含みます。
無効になった部分は、相続人全員で遺産分割協議をして取得者を決めます。ただし、相続人以外の参加が協議に与えた影響が大きい場合は、協議事態が無効になります。
相続人に判断能力がない者がいた場合
相続人に判断能力がない者がいた場合、遺産分割協議が無効となる場合があります。以下に該当する人は、個人差によって判断能力が認められない場合があります。
- 認知症
- 知的障害
- 精神障害
判断能力を失った人は、協議などの契約や法律手続きを行えません。そのため、家庭裁判所に後見等の申し立てを行い、後見人等を選任する必要があります。そして、選任された人が本人の代わりに協議に参加しなければなりません。
ただし、認知症の場合は症状の度合いによっては協議に参加できるケースもあります。相続人に認知症患者がいる場合には、医師による診察や弁護士など専門家への相談をおすすめします。
協議内容が公序良俗に反する場合
遺産分割協議書に公序良俗に違反する条項がある場合、その条項は無効です(民法90条)。公序良俗に反する内容とは、主に以下のようなケースです。
- 違法な薬物取引や犯罪行為
- 基本的人権を侵害する内容の条項
- 不倫関係の愛人への相続
- 違法行為を前提とした相続
上記に該当する場合は無効となり、協議をやり直さなければなりません。無効となるのは公序良俗に反する条項のみですが、無効が遺産分割に大きな影響をもたらす場合は、協議内容全体が無効になることもあります。
遺産分割協議書を取り消せる3つのケース
遺産分割協議書を取り消せるケースとして、以下3つが挙げられます。
- 協議内容に重大な誤解がある場合
- 詐欺、脅迫によって合意した場合
- 未成年者の相続人に法定代理人がいなかった場合
各ケースについて詳しく解説します。
協議内容に重大な誤解がある場合
遺産分割協議において重大な誤解をしていた相続人がいたときには、取り消しが可能です。重大な誤解による取り消しができるのは、主に以下のケースです。
- 遺産分割時に重大な財産の漏れがあった
- 内容も確認しないまま署名押印してしまった
共同相続人である兄から妹に相続財産が隠されていて、協議書に署名押印した後にその財産が判明することがあります。妹が事前に知っていれば協議に合意しなかったという場合は、妹は十分な情報を開示されずに過小評価する錯誤に陥っていたことになります。
その場合には、錯誤を理由に取り消すことができれば協議内容が無効となります。しかし、相当の財産があることを妹に予想できたと見られる場合、妹に重過失があったとされ取り消すことができないかもしれません。
一旦、協議書に署名押印してしまうと、誤解を理由としてあとから覆すことは難しいので注意が必要です。
詐欺、脅迫によって合意した場合
詐欺や脅迫によって遺産分割に同意した場合は、あとで取り消すことができます(民法96条1項)。具体的には、下記の理由に該当する場合です。
- 他の相続人が遺産を隠していた
- 他の相続人が生前贈与を隠していた
- 騙されて遺産分割の内容に合意した
- 脅されて遺産分割の内容に承諾した
他の相続人に「家族に危害を加える」と脅されて同意した場合は、取り消しが可能です(民法96条1項)。相続人以外の者から脅されて同意した場合でも、取り消しが認められます(同条1項)。
ただし、相続人以外の者から騙されて同意した場合は、ほかの相続人が騙された事実を知っていた、または知ることができた場合は、取り消しが認められます(同条1項)。
取り消しが認められた場合は協議の効果が失われることになり、協議のやり直しが可能です。
未成年者の相続人に法定代理人がいなかった場合
未成年の相続人が単独で参加していた場合にも、協議は無効です。未成年者は財産に関する法律行為を単独では行えないため、法定代理人が本人に代わって協議に参加する必要があります。
ただし、未成年者とその親がともに相続人である場合、親と子は利益相反関係になるため、親は家庭裁判所に特別代理人の選任を請求しなければなりません(民法826条1項)。特別代理人に選任されるのは、親族や第三者の弁護士などです。
特別代理人を選任せずに親が未成年者の法定代理人として参加した場合、協議書は無効となります。
遺産分割協議書の無効・取り消しをする3つの手続き
無効や取り消しを行う手続きは、主に3つあります。
- 遺産分割協議をやり直す
- 遺産分割調停を申し立てる
- 遺産分割協議無効確認訴訟を起こす
それぞれの手続きについて、詳細を確認しておきましょう。
遺産分割協議をやり直す
遺産分割の無効事由または取消事由がある場合、相続人全員の合意が得られれば、協議のやり直しができます。再度協議を行い、あらためて遺産を分け直すことも可能です。
ただし、一部の相続人が脅迫・詐欺・錯誤などで自分に有利な条件で協議を行っていた場合、他の相続人がやり直しを求めても合意する可能性は低いでしょう。相続人全員の合意が得られず、協議のやり直しが難しいときには、他の方法を検討しなければなりません。
また、協議をやり直す前に不動産を売却していた場合は、第三者から返還してもらうことはできません。相続した財産や相続人の状況などによって、協議のやり直しが難しい場合もあるので、困ったときは相続に詳しい専門家に相談しましょう。
遺産分割調停を申し立てる
相続人だけで遺産を分割できない場合は、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てて解決を図れます。遺産分割調停は、調停委員会に間に入ってもらって遺産分割で生じた問題を解決するための手続きです。
調停委員が各相続人の主張を公平に聞き取り、和解の成立をめざして調整を行います。当事者間のやり取りは調停委員が伝えるため、揉めている相手と直接顔を合わせて話す必要はありません。
調停委員会から解決案を提示してもらえるケースもあるので、協議が進まない場合に役立ちます。ただし、結果がまとまるまで通常1年程度、場合よっては2年以上かかります。
申し立ての手続きや調停中の話し合いは、専門家に依頼せずに自分で対応できます。ただし、相続に関する法律知識が不可欠なので、実際は弁護士などの専門家に依頼をするケースが多いです。
遺産分割協議無効確認訴訟を起こす
どうしても話し合いがまとまらなかった場合は、裁判所に遺産分割無効確認訴訟を起こすこともできます。取消事由がある場合は、取り消しの意思表示を行った上で訴訟を提起しましょう。
訴訟において判断を下すのは裁判所です。判決に納得がいかない場合には、上訴(控訴、上告)等を行い、上級審における裁判で無効・取消しを主張して争うことになります。
納得のいく審判を得るには、裁判所が納得できるだけの証拠が必要です。法律知識のない素人が対応するのは難しいので、実際に訴訟を起こすときは弁護士に相談したほうがよいでしょう。
遺産分割協議書の無効・取り消し手続きに時効はある?
遺産分割協議書の無効・取り消し手続きには、時効がある場合とない場合があります。時効がある場合、期限までに手続きを行わないと取消権が消滅してしまいます。後悔することがないように、時効の有無を確認しておきましょう。
遺産分割協議書の無効事由に時効はない
遺産分割協議書の無効を主張するにあたって、時効は特に設けられていません。また、遺産分割協議のやり直しにも時効はありません。相続人全員が合意すれば、いつでも再協議ができます。
遺産分割自体に時効がないので、被相続人の死後何年経過していても、遺産分割協議や遺産分割調停の申し立ては可能です。
遺産分割協議書の取消権には時効がある
遺産分割協議書の取消権は、一定の期間が経過すると時効によって消滅します(民法126条)。
具体的には、追認できるときから5年間行使しなかったとき、遺産分割のときから20年を経過したときに時効によって消滅します。
取消権の時効完成は、以下の行為をすることによって阻止できます。
- 内容証明郵便を送る
- 遺産分割調停を申し立てる
- 無効確認請求訴訟を起こす
遺産分割を終えてから取消事由が見つかった場合は、なるべく早めに弁護士に相談しましょう。
まとめ
遺産分割協議書の効果を無効にすることは可能です。無効として認められるのは、協議に参加した人が判断能力のない人だったり相続人でなかったりした場合です。また、協議には相続人全員が参加せねばならず、公序良俗に反する協議も無効になります。
取り消しできるのは、誤解・詐欺・脅迫があった場合と、相続人である未成年に法定代理人がいなかった場合などです。取消権には時効があるので、早めの対処が必要です。
協議書の内容に納得できない場合は、この記事を参考にしながら手続きを進めてみてください。
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