「親が亡くなり葬儀費用のために預金を引き出したい」「遺言書や遺産分割協議書がなくても預金を引き出せるの?」相続と預金引き出しの関係について、このようにお悩みの方はいませんか?
故人名義の預金口座の中身は、遺産分割協議を経なければ各相続人の持ち分とはなりませんが、実は協議前に合法的に預金を引き出す方法もあります。
今回は、預金口座からお金を引き出す具体的な方法について、分かりやすく解説します。また、預金を引き出した場合の相続税の取り扱いや、相続トラブルを避けるために注意すべきポイントも解説します。
この記事を読めば、相続と預金引き出しの関係について理解できます。
- 故人の預金の分配には遺産分割協議が必要
- 各相続人が合法的に預金を引き出すことは可能
- 故人の預金は相続税の課税対象となる
亡くなった人の預金を引き出すことは可能
そもそも、亡くなった人の預金を相続人が引き出す行為が可能なのか、違法ではないのか不安に思われる方も多いと思います。
結論からいうと、相続人が預金を引き出すことは可能です。以下からその理由について詳しく解説します。
預貯金は相続財産に含まれる
預貯金は銀行に対する金銭債権であり、いわば銀行に対して預けているものですから、預貯金の返還(引出し)債権も相続財産に含まれることになります。
銀行口座等に預け入れられた預貯金債権の法的な取り扱いについては争いがありましたが、平成28年に最高裁が次のように判断を示しました。
金銭債権である預貯金債権が、複数の相続人に共同相続されたときは、
- 相続開始と同時に相続分に応じて分割されるのではなく、具体的相続分に応じて共同相続人に遺産共有される
- 遺産分割を経て各相続人に承継される
すなわち、預貯金債権は【1】一旦、相続人全員の共有となったあと【2】遺産分割協議を経て、初めて各相続人のものとなる、ということです。
これは、預貯金は現金と異なり口座内にあっても残高が変動するため、相続開始の事実だけで各相続人に分割されるべきではないと判断されたためです。
遺産分割前でも払戻しが可能になった
預貯金が相続人全員の共有財産だとすると、本来ならば、遺産分割協議前に預貯金を払い戻すためには相続人全員の同意が必要となります。
しかし、それでは葬儀費用の準備などに際してあまりに煩わしいため、民法改正により遺産分割協議前の払戻しが可能となりました。
(遺産の分割前における預貯金債権の行使)第九百九条の二
各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に第九百条及び第九百一条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。
引用元:e-gov法令検索(民法909条の2)
この「仮払制度」については後ほど詳しく解説しますが、改正法によって仮払制度が新設されたことにより、相続人全員の同意が無くても、遺産分割協議前に単独で預金を引き出すことが可能となりました。
相続人が預金口座からお金を引き出しても違法・罪にならない?
相続人が故人の預金口座からお金を引き出しても、窃盗罪などの刑法上の罪に問われることは少ないとされています。
日本では古くから「法は家庭に入らず」という法格言があり、夫婦間や親子間、同居している親族間での窃盗罪などは罪にならず、その他の親族間での窃盗や横領などの行為も告訴がないと罪に問えないとされているためです。
ただし、相続は、同居していない親族間を含むことが一般的なので、被害届が出されたり、告訴されると罪に問われる可能性があります。
また、故人の口座から引き出したお金も相続財産であることに変わりはなく、他の相続人の了承を得ない引き出しは相続人間でのトラブルを生む可能性があります。
そのため、できる限り引き出し前に他の相続人の了承を得るようにし、それが難しい場合には明細を保管しておくなどして、後日しっかり意図を説明できるようにしておきましょう。
また、故人の預金を引き出したことにより、相続を承認したものとみなされ、後から相続放棄できなくなる可能性にも注意が必要です。
亡くなった人の預金口座は凍結される
およそ全ての銀行等では、故人名義の預金口座は凍結される運用となっており、凍結後は引き出しや振込みなどの手続きができなくなります。
また、公共料金の支払いやクレジットカードの引き落とし口座に指定されているような場合も、振り替えができなくなります。
そのため、例えば故人が個人名義の口座から家賃を支払っており、相続人がその家に住み続けるような場合には、口座凍結前に支払口座変更などの手続きを行っておきましょう。
もっとも、新聞に訃報が掲載されるような著名人でない限り、銀行が死亡の事実を把握することは困難です。実際には遺族が残高証明書等の発行を依頼した際に凍結されることが多いようです。
凍結された預金口座からお金を引き出す方法
故人の口座が凍結されると、たとえ相続人であっても預金を引き出すことができなくなってしまいます。
しかし、葬儀費用や生活費などの支払いのため、預金を引き出さなければならない場面も少なくありません。
そこで以下からは、凍結された口座から預金を引き出す方法を解説します。
必要書類は各手続きや金融機関によって異なりますが、おおむね次の通りです。
これらの書類は遺産分割協議や相続放棄など、その他の手続きでも必要となることが多いため、あらかじめ複数部用意しておくと安心です。
- 故人名義の預金通帳・キャッシュカード・クレジットカード
- 被相続人の除斥謄本、戸籍謄本または全部事項証明(出生から死亡までの連続したもの)
- 相続人全員の現在の戸籍謄本または全部事項証明書
- 相続人全員の印鑑証明書
- (ある場合)遺言書
- (遺言書がある場合)遺言書検認調書または検認済証明書
- (遺言執行者が選任されている場合)遺言執行者の選任審判書謄本
- (ある場合)遺産分割協議書
- (代理人がいる場合)代理人委任状
仮払制度を利用する
先ほど紹介したように、民法の改正により仮払制度が新設され、相続人が葬儀費用や生活費のために預金の一部を引き出せるようになりました。
ただし仮払制度のもとでは、引き出せる金額に以下の上限が設けられている点に注意が必要です。
- 相続開始時の預貯金額×1/3×払戻しを行う相続人の法定相続割合
- 同一の金融機関から引き出せる金額は150万円まで
では、この条件に従い、実際に引き出せる金額を計算してみましょう。具体例を紹介します。
- 300万円×1/3×1/2=50万円
この場合、相続人はA銀行から50万円を引き出せます。
- 1,500万円×1/3×1/2=250万円
この場合、相続人はA銀行から250万円を引き出せるとも思えますが、ひとつの銀行から引き出せる金額は150万円ですから、相続人は150万円を限度に引き出すことができます。
- A銀行:1,500万円×1/3×1/2=250万円
- B銀行:300万円×1/3×1/2=50万円
この場合、A銀行からは150万円、B銀行からは50万円引き出せるため、相続人は合計200万円を引き出すことが可能です。
上述の通り一般人の口座が勝手に凍結されることはほとんどなく、民法の改正から時間も経っていないため、実務上はこちらの仮払い制度が利用されることはあまりないようです。
とはいえ、凍結されていなくても他の相続人に無断で預金を引き出すことは違法になる可能性もあり、この仮払い制度では裁判所での手続きや遺産分割協議を経る必要がないため、既に口座が凍結されてしまい早急に現金が必要な場合に利用できます。
家庭裁判所の仮処分を受ける
先ほど紹介した仮払い制度では引き出せる金額に上限が設けられていましたが、家庭裁判所から仮処分を受けることにより、遺産分割協議前であっても家庭裁判所が認めた金額を引き出すことができるので、仮払い制度の上限よりも多い現金を引き出せる場合があります。
裁判所の「仮処分」とは、裁判所が行う処分であり、審判といった強制力のある処分を行う前に暫定的に行います。この制度は家事事件手続法という法律に基づいて行われるものです。
家庭裁判所の仮処分により預金を引き出すためには、以下の条件を満たしましょう。
- 家庭裁判所に遺産の分割審判や調停が申し立てられている
- 相続人が仮処分の申立てを行う
- 生活費の支弁等の事情により相続預金の仮払いの必要性が認められ、かつ、他の共同相続人の利益を害しない
家庭裁判所の仮処分を受けるためには、まず前提として家庭裁判所に遺産分割審判や調停が申し立てられている必要があり、相続人だけで協議している段階では仮処分を求めても認められません。
つまり、相続人同士での話合いが始まっていない、または円満に進んでいる状況では、裁判所からの仮処分は得られないこととなります。
遺言書を呈示する
遺言書がある場合には、遺言書の内容に従い、口座凍結を解除できる場合があります。
この手続きでは、遺言書とともに遺言書検認調書または検認済証明書の提出を求められるため、あらかじめ用意しておきましょう。
検認とは、相続人に対して遺言の存在とその内容を知らせるとともに、遺言書の形状、加除訂正の状態、日付、署名など検認した日における遺言書の内容を明確にして、遺言書の偽造・変造を防止するための家庭裁判所の手続きであり、公正証書遺言の場合は必要ありません。
なお、遺言書に預金のことが書かれていない場合や、遺産の内容を特定せず分配割合のみを記しているような場合には、遺言書がない場合と同様の取り扱いとなります。
つまり、先ほどの仮払い制度を利用するか、遺産分割協議書を作成するか、相続人全員の合意を得る必要があるため、遺言書の内容に注意してください。
遺産分割協議書を作成する
遺言書がない場合には、相続人全員で遺産分割協議書を作成することにより、各相続人が自分の相続割合について単独で預金を引き出すことが可能です。
この場合も、遺産分割協議書の内容として預金口座の扱いが記載されていないと、協議書をもとに預金を引き出すことはできないため注意が必要です。
相続人全員の合意を得る
遺言書がなく、遺産分割協議書がない場合であっても、法定相続人全員が共同で手続きを行うことで、預金を引き出すことが可能です。
この場合には、各金融機関が用意している相続届に、法定相続人全員が署名・押印し、全員の戸籍謄本等と印鑑証明書を添付して提出します。
法定相続人の全員と連絡を取ることが可能な場合には、相続届を提出することが最も早く預金を引き出す方法といえるでしょう。
ただし、引き出した後のお金の使い方について相続人間でトラブルになる可能性もあります。まずは残高証明書を発行してもらったうえ、使途が分かるように領収書等は必ず保管しておくようにしましょう。
預金を引き出した場合の相続税の扱い
最後に、故人の口座から預金を引き出した場合の相続税の扱いを解説します。
故人の口座にあるお金は、口座の中にあろうと、引き出して現金にした後であろうと、相続財産であることに変わりはなく、相続税計算の基礎となります。
そのため、口座からお金を引き出して相続財産が少ないように見せかける行為は、節税ではなく脱税です。
相続税の過少申告をした場合には追徴金などのペナルティを受ける可能性もあるため、必ず正しい方法で相続税を計算し、納付するようにしましょう。
生前に引き出した場合
故人(被相続人)が生前に引き出したお金のうち、相続開始時(被相続人の死亡時)までに使ったお金を差引いたお金は、手許(てもと)現金として相続税の対象となります。
- 引き出した預金 – 死亡時までに使った金額 = 手許現金
「引き出した預金」は通帳に記帳することで確認できます。
証明が難しいのが、「死亡時までに使った金額」です。できる限り領収書を保管して出納帳を作成するなどして、お金の流れを明確にしておきましょう。
なお、あくまで「死亡時まで」の支出であり、死亡後の葬儀費用や医療費などは含まれませんが、税務計算上は債務控除として相続財産から差引くことが可能です。
死亡後に引き出した場合
死亡後に引き出したお金については、税務計算上特に問題となることはありません。
相続税の計算は死亡時点での財産を基準としますが、死亡後に引き出したお金は死亡時の預金残高の中に含まれているからです。
もっとも、税務計算上の問題はないとはいえ、多額の引き出しは相続人間でのトラブルを招く可能性があるため、必要最小限の引き出しと領収書の保管を心がけましょう。
相続した預金の引き出しには早めの準備を
今回は相続と故人名義の預金引き出しについて解説しました。
現在は故人の預金を合法的に相続人が引き出す方法があり、状況に応じて手段を選ぶことが可能です。
遺言書や遺産分割協議書があると手続きがスムーズに進みますが、何もない状況であっても法定相続人全員の同意があれば預金を引き出せます。
ただし、過度な引き出しや用途不明のお金の使い方は、後日相続人の間でトラブルとなる可能性があります。
そのため、定期的に通帳に記帳し、領収書もすべて保管しておくことをおすすめします。
また、預金引き出しなど相続関係の手続きでは、相続人全員の戸籍謄本など同じ書類を何度も利用します。相続開始後できる限り早い段階で、全員分の書類を揃えておくようにしましょう。
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