親が借金を背負って亡くなったとしたら、残された家族に支払いの責任が生じるのでしょうか?
巷では「親戚中を追ってくる」といった脅し文句のような表現も散見されますが、これは正確ではありません。借金も相続財産の一部であるため、その影響が及ぶ範囲は法律に定められているからです。
今回の記事では、借金を引き継がないようにするための相続放棄の手続きのポイントや、親族に及ぼす影響について、詳しく解説していきます。
- 相続放棄をすれば、借金の返済義務を負う必要はない
- 連帯保証人がいる場合には、その連帯保証人が支払い義務を負う
- 相続放棄の理由が借金であれば、正確な相続財産調査がより重要になる
相続放棄したら借金は誰が払う?
相続放棄をすれば、プラスの財産を受け取る権利を失う代わりに借金や保証債務などのマイナスの財産も引き継ぐ必要がなくなります。つまり、故人が残した借金を返済する義務もないのです。
では、その借金は誰が支払うことになるのでしょう?
借金も預金や不動産などの資産と同様に相続財産の一部ですから、相続を承認した方が支払うことになるのです。
相続放棄しない相続人に支払い義務が生じる
相続人の1人が相続放棄をしたとしても、もちろん被相続人が背負っていた借金がなくなるわけではありません。その借金を返済する義務は、相続放棄という選択をしなかった相続人が引き継ぐことになるのです。
仮に配偶者と長男・次男の3人が相続人となっている場面で、被相続人に資産を上回る多額の借金が見つかったとします。このケースでは、配偶者が1/2、長男と次男が1/4ずつの返済を負担しなければなりません。
長男が相続放棄をしたとすると、長男の返済義務はなくなるものの、配偶者と次男の支払い義務はなくなりません。それどころか、次男の返済の負担は1/4から1/2へと増加してしまいます。
借金などの負債も相続財産ですから、法定相続分に従って負担割合が決まるからです。
ここで配偶者と次男も相続放棄を選択すると、次の相続順位である被相続人の親や直系尊属に返済義務が移行します。直系尊属が全員亡くなっていた場合や相続放棄をした場合には、さらに次の順位の兄弟・姉妹へとその責任が移るのです。
連帯保証人が支払い義務を負う
相続放棄をすれば、放棄した当人は借金の返済義務から免れることができます。全員の法定相続人が相続放棄をすれば、それ以外の親族に迷惑を掛けることもありません。借金も相続財産の1つですから、借金と相続の関係は明確なのです。
ただし、被相続人が残した借金に連帯保証人が付いている場合には、その連帯保証人が支払い義務を負うことになります。このようなケースでは、より慎重に検討する必要があるといえます。
連帯保証人とは、債務者の返済が滞った場合に、債務者の代わりに返済の義務を負う方です。「借金をした方が返せなくなったら、代わりに返済しなければならない方」といえば分かりやすいでしょう。
相続人がいない借金は、債務者が返せなくなった債務にほかなりません。
つまり、連帯保証人に請求の矛先が向くのです。
連帯保証とは、「いざとなったら借金を肩代わりする」という約束です。被相続人と相当親しい間柄でなければ、その契約を交わすことはないでしょう。
そのような場面で全員が相続放棄をしてしまえば、故人がお世話になっていた恩人ともいえる方に、大きな不利益を与える可能性が生じます。
また、相続人自身が連帯保証人になっている場合も同様です。相続放棄によって免れることができるのは、あくまでも被相続人が負っていた債務者という地位に限られます。相続人自身の連帯保証債務が解消されるわけではありません。
この場合には、連帯保証人である相続人が支払い義務を負うことを覚えておきましょう。
全員が放棄すれば相続財産清算人が清算する
法定相続人全員が相続放棄をして、相続人がいなくなった相続財産は、その資産の範囲で債務を清算する手続きをとることになります。
具体的には、債権者などからの申し立てによって家庭裁判所が選任する相続財産の清算人が遺産を管理し、その中から借金などを清算するのです。
それらの手続きを経て、なおも財産が残っている場合には、最終的には国庫に帰属させる、つまり国の所有物とされる決まりです。
相続放棄とは?
相続放棄とは、「被相続人の財産上のすべての権利・義務を一切引き継がない」という手続きです。
財産上の権利が、いわばプラスの財産です。例えば不動産の所有権、銀行に預けているお金を引き出す権利である預金債権などが該当します。
一方の財産上の義務は、マイナスの財産といえます。借金という債務は「返済しなければならない義務」と言い換えられるでしょう。これらすべての権利や義務を手放すのが、相続放棄です。
すべての遺産を放棄する手続き
相続放棄は、すべての遺産を放棄する手続きですから、特定の遺産だけを拒否することはできません。
借金を相続したくなければ、現預金や不動産などのプラスの資産もあきらめましょう。仮に被相続人の負債が多くても、資産がこれを上回ってさえいれば、マイナスの相続にはならない可能性もあり得ます。
相続放棄以外のリスク回避手法
借金を引き継がない手続きは、相続放棄だけではありません。限定承認という選択肢の存在も覚えておきましょう。
限定承認は、「プラスの財産の範囲内でマイナスの財産の返済義務を引き受ける」という手続きです。
資産を上回る負債があった場合には、そのマイナスまでを引き継ぐ義務は生じないため、結果的に相続放棄と同様の効果を得られます。
しかし限定承認は、相続放棄と異なり、相続人全員でなければ選択できません。相続を承認する形の1つですから、次の順位の相続人に影響を及ぼさないという特徴も知っておきましょう。
相続放棄の注意点は?
相続放棄を検討する場合には、いくつかの注意点をしっかりと押さえておきましょう。
法に定められた手続きを踏まなければ、相続放棄が認められないかもしれません。それだけでなく、安易に相続放棄を選択してしまえば、本来であれば受け取れる財産を受け取れなくなる可能性も生じるのです。
正確な相続財産調査が必須
相続放棄を検討するのであれば、相続財産をしっかりと調査し、正確に把握することが不可欠です。
借金であれば、相続開始時点でいくらの残債があるか、そもそも返済の義務があるかなどを確認しなければなりません。
例えば不動産に抵当権が登記されていたとしても、そこに記載されている金額は抵当権設定時、つまり借入当初の金額です。もしかしたら相続開始時には、大きな残債は残っていないかもしれません。
他の相続人に返済義務が発生
相続人の1人が相続放棄をすると、他の相続人の返済義務の割合が増加します。同順位の法定相続人がすべて相続放棄したのであれば、次順位の法定相続人に返済義務が引き継がれます。
このため負債が原因で相続放棄をするのであれば、他の相続人に事前に相談することが望ましいでしょう。相続放棄自体は単独で行える手続きですが、相続人の1人が相続放棄をしてしまえば、限定承認ができなくなってしまうからです。
また、同順位の方が全員相続放棄をした場合には、できるだけ早急に次順位の法定相続人にその旨と、借金を含めた財産の情報を詳細に伝えましょう。
裁判所からのお知らせは、申述人以外には届きません。連絡をしなければ、次順位の方は相続人になったことを知らないままになってしまうのです。
相続放棄が認められない可能性
相続放棄は民法に定められた厳格な手続きです。法に従って手続きを行わなければ、相続放棄が認められない可能性もゼロではありません。
特に、相続開始から3カ月と決められた手続きの期間と、第三者に「相続を承認した」と思わせる行動には十分な注意が必要です。
期限を過ぎたり、相続財産を処分したりしたときは、単純承認を選択したとみなされてしまいます。
相続放棄の手続きの流れ
相続放棄の手続きは民法に定められています。
相続における原則的な手続きは単純承認、つまり「プラスの財産もマイナスの財産もすべて受け継ぐ」という手続きです。
相続人が積極的なアクションを起こさなければ単純承認を選択したとみなされ、借金もその他の財産とともに相続しなければなりません。
相続放棄をするためには、相続開始から3カ月以内に、家庭裁判所に対して相続放棄の申述をする必要があります。
被相続人の負債の調査
被相続人の負債が原因で相続放棄を検討するのであれば、選択の鍵を握るのは遺産に含まれるプラスの財産とマイナスの財産の状況です。より慎重に相続財産を調査し、正確な内容を把握しなければなりません。
銀行からの借入やクレジットカードの分割払いなど、民間の金融機関に対する負債であれば、個人信用情報機関への照会で調査できます。
借入の状況や支払い状況の概要は、以下の3機関に開示請求することで、債務の概要を把握できるのです。ここで得た情報をもとに借入先の金融機関に問い合わせて、詳細を確認しましょう。
家庭裁判所で相続放棄の申述
相続財産を把握し相続放棄の意思を固めたら、家庭裁判所で相続放棄の申述をします。申述先は、被相続人の最後の住所地の家庭裁判所です。
所定様式の申述書のほか、相続関係を証明する戸籍などを揃えて、窓口に持参するか、郵送で提出します。
参考:裁判所-相続の放棄の申述
相続放棄の期限は3カ月
相続放棄をする場合には、相続開始から3カ月の熟慮期間内に申述をしなければなりません。この期限を過ぎると、原則として相続放棄は認められないのです。
相続財産の調査などにもある程度の時間を要することが見込まれるため、3カ月という期間は決して長くはないことを認識しておく必要があります。
熟慮期間の起算日は「自己のために相続の開始があったことを知ったとき」とされていますが、相続人との関係が希薄になっている場合や、先順位の相続人が相続放棄をしたことで相続人になった場合には、起算日自体が不明確なケースもあるでしょう。
不安がある場合には、専門家への相続放棄の相談をおすすめします。
申述受理証明書の申請
相続放棄が認められると、裁判所から申述受理通知書が届きます。これが相続放棄の証明書の役割を担う書面です。
ただし、申述受理通知書は1度しか発行されません。証明のために原本が必要な場合には、何度でも発行可能な申述受理証明書を取得しておくとよいでしょう。
申述受理証明書は、被相続人の債権者など一定の利害関係者も申請ができますから、必ずしも相続放棄をした方が申請しなければならない書類ではありません。
とはいえ、次順位の法定相続人が手続きをする上で必要となるケースもありますから、証明書を添えて相続放棄した旨を連絡しておくと安心です。
相続で借金の影響が及ぶ範囲
故人の借金を引き継がなければならない責任が生じるのは、法定相続人の範囲と同一です。
プラスの財産という利益を受けられる可能性がある方に対して、マイナスの財産を引き継ぐリスクも同時に発生します。
法定相続人とは?
法定相続人とは、民法で定められた「相続人になる親族」です。
配偶者は常に相続人になる立場とされ、第1順位は子ども、第2順位は親や直系尊属、第3順位は兄弟・姉妹と定められています。
法定相続人になるのは、社会通念上の家族関係ではなく、戸籍に記載された親族か否かで決まります。
例えば、被相続人に内縁関係の配偶者がいたとしても、法定相続人でない以上は借金の影響は及びません。
その反面、離婚によって長らく音信不通になっている子どもがいたとしたら、当然に借金を相続するリスクが発生します。
相続人は相続順位で決まる
実際に相続が発生した場合、法定相続人の相続順位に従って相続人が決まります。つまり、被相続人にどのような家族がいるかという状況に応じて、先の順位の方から相続人になるのです。
被相続人に配偶者がいれば、配偶者は必ず相続人になります。子どもがいれば配偶者と子ども、いなければ配偶者と被相続人の親といった順番です。
配偶者がいなければ、子ども、親、兄弟・姉妹の順で、同順位の法定相続人だけが共同相続人になります。
借金の相続を回避するために相続放棄するケースでは、相続順位が後になるほどリスクが高まることも覚えておきましょう。被相続人との関係が希薄になっていて、相続財産の調査が難航するなどもあり得るからです。
借金の相続放棄に関するよくある質問
借金を残して被相続人が亡くなったら、他にどのようなトラブルが生じるのかと心配される方も少なくありません。
よくある質問をチェックして、少しでも不安を解消しておきましょう。
相続放棄しても生命保険金は受け取れる?
相続放棄をしたとしても、生命保険金を受け取る権利がなくなるわけではありません。ただし受け取れるか否かを決めるのは、その保険金が「相続財産に当たるか」「相続人固有の権利か」によって異なります。
例えば被相続人が被保険者、配偶者が受取人になっていた生命保険金では、被相続人が亡くなったことで配偶者に保険金を受け取る権利が発生します。
この権利は配偶者のものであって、相続財産ではありませんから、相続放棄をしても生命保険金を受け取れます。
しかし、受取人が被相続人の保険であれば扱いが異なります。保険金を請求する権利は被相続人に発生したものですから、相続財産として扱われるのです。この場合に相続放棄をしたら、保険金を受け取る権利も受け継げません。
借金を知らなかったら後から放棄できる?
借金を知らずに単純承認とみなされたとしても、原則として後から相続放棄はできません。ただし実際には、熟慮期間が過ぎた後に借金が発覚して相続放棄が認められている判例も少なからず存在します。
例えば債権者が熟慮期間にはあえて借金の存在を知らせず、相続放棄ができなくなった後に借金の返済を迫ったとしたら、相続人は極めて不利な立場となってしまうでしょう。
このように、借金を知らなかったことに関して相続人に大きな落ち度がなかった場合などに限って、相続放棄が認められている事例はあるのです。
相続放棄は撤回できる?
相続放棄は受理されると撤回ができません。負債が理由で放棄したものの、後から大きな資産が見つかったとしも、それは相続できないのです。
ただし、申述書を提出して受理されるまでには、一定の時間が掛かります。この期間であればまだ受理されていない段階ですから、撤回が可能です。とはいえ申述から受理までの期間は早ければ1週間程度ですから、あまり時間的な猶予はないものと心得ましょう。
相続放棄の撤回が認められない一方で、取り消しが認められた事例は存在します。放棄した理由が誤解によるものであった場合や、詐欺や脅迫などで相続放棄をさせられた場合などです。
ただし誤解によるケースでは、そこに至るまでに相続人の過失がないなど特別な状況に限られ、認められるのは容易ではありません。現実的には、相続放棄は撤回できないと考えておいた方が良いでしょう。
遺言書に指名されていたら?
遺言書に相続人として指名されていた場合にも、相続放棄は可能です。ただし、遺言書に記載されている文言が「相続」であるか「遺贈」であるかによって、その扱いが大きく異なる点には注意が必要です。
相続と遺贈は別の制度ですから、同じ相続人が財産を受け取る内容であったとしても、「相続人Aに○○を相続させる」という記述と「相続人Aに○○を遺贈する」では、生じる効果に違いがあるのです。
「相続させる」と記されている場合に相続人Aが相続放棄をしたら、その財産も含めてすべて受け取れない一方で、「遺贈する」と記されていた財産には相続放棄の効力は及びません。
つまり「特定遺贈」の場合には、相続放棄をしても対象の財産を受け取れるのです。
ただし特定の財産を指定した遺贈ではなく、「相続人Aにすべての遺産を遺贈する」「相続人Aに遺産の1/2を遺贈する」といった「包括遺贈」の場合には、相続と同様に扱われます。
包括遺贈には、相続人と同様の権利・義務が発生するとされているため、相続放棄をした場合にはすべての財産を取得できません。
遺言書と相続放棄の関係はとても複雑です。不明点がある場合には、専門家に相談してみるのも良いでしょう。
借金の相続放棄を相談できる専門家
相続放棄を相談できる専門家は、弁護士か司法書士です。
とはいえ扱える範囲が異なっており、弁護士にはすべての手続きを委任できるのに対して、司法書士に委任できるのは申述書の作成などに留まります。
このため借金を相続放棄する場合には、弁護士がより適しているケースが多いでしょう。
債権者との争いが生じる可能性もゼロとはいえません。熟慮期間の起算点に不安がある場合も考えられるでしょう。このようなケースでは、弁護士への相談が安心につながります。
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