相続に直面したとき、その複雑な手続きに不安を感じて、専門的な知識を持つ外部の法律家に依頼したいと思う方は少なくないでしょう。また、複数の相続人のうち、何らかの事情により遺産分割協議に参加できないという方もいらっしゃいます。
そんなときに必要となるのが「委任状」です。では、この委任状には何を記載すればよいのでしょうか?そして、スムーズに手続きを進めるためには、どんなことに注意すべきなのでしょうか?
本記事では、相続において委任状が必要となるケース、具体的な書き方、注意点などをわかりやすく解説します。相続の手続きに不安を感じている方、これから相続の手続きを始める方は、ぜひ参考にしてください。
本記事を読むことで、相続で委任状が必要になった場合でも、落ち着いてスムーズに手続きを進められます。ぜひ、最後までご覧ください。
- 委任状とは相続手続きを代理人に委任するための書類
- 書き方は手続きによって異なる
- 委任状の扱いには注意が必要
相続の委任状とは
相続の委任状とは、相続手続きを代理人に委任するための書類です。相続の手続きは、原則的に相続人本人が行う必要があります。
広く相続全般について司法書士など専門家に相談している方もいるでしょう。
ただし、健康上の理由などで他の相続人に代理をお願いしたい場合や、時間が取れなかったり手続きに不安があったりという理由で司法書士などの専門家に依頼したい場合は、委任状を作成することで手続きを委任できます。
この委任状は、定型様式は無いものの、委任内容ごとに記載しなければならない事項が決まっており、必要事項が漏れていると無効とされる可能性もあります。本記事を読んで、事前にしっかり押さえておきましょう。
相続で委任状が必要なケース
相続で委任状が必要なケースとしては、以下のようなものが挙げられます。
- 相続登記に対する手続き
- 相続税の申告手続き
- 銀行に対する手続き
- 役所に対する手続き
個別に、もう少し詳しくみていきましょう。
相続登記に対する手続き
相続登記は、被相続人が所有していた不動産の名義を相続人に変更する手続きです。この相続登記を他の親族や法律の専門家に委任する場合には、委任状が必要です。
委任状は、相続登記を依頼する人(委任者)が、相続登記を行う人(受任者)に対して、自分の代わりに相続登記を行う権限を与えたことを証する書類です。
司法書士に登記を委任する場合は、司法書士のほうで委任状を作成してくれますが、親族に委任する場合は、自分で作成する必要があります。
作成自体は委任者・受任者のどちらが行っても構いませんが、署名・押印は委任者本人が行う必要があります。
なお、この相続登記については、2024(令和6)年4月1日より、申請が義務化されることが決まっています。具体的には、相続により所有権を取得したことを知った日から3年以内に相続登記の申請をしなければなりません。こちらも注意しておきましょう。
相続登記の委任状の記載事項については、後ほど個別に詳しく解説します。
相続税の申告手続き
相続税の申告は、相続の中でも特に重要な手続きの一つですが、税金に関する専門的な知識と複雑な計算が求められるため、税理士に依頼するのが一般的です。
税理士に相続税の申告を依頼する場合は、委任状の代わりに「税務代理権限証書」が必要です。これは、税理士が税務署に対して相続人を代理して申告を行う際に、代理権限を有することを証明するための証書です。
税務代理権限証書は、税理士側で用意して必要事項を記入してくれるため、委任者である相続人は、記載内容を確認した上で署名・押印します。
銀行に対する手続き
相続により、被相続人の預金や証券などの金融資産を相続する際には、銀行等の金融機関や証券会社に対する手続きが必要です。
被相続人名義の預金の名義変更や解約手続きを代理人に委任する場合には、銀行に対する委任状が必要です。通常は金融機関ごとに決まった書式の委任状を用意してくれるので、必要事項を金融機関の指示に従って記入します。
なお、委任状を自分で用意する場合は、以下のような事項が記載されていることが必要です。
- 代理人の住所及び氏名
- 相続対象の口座情報
- 委任する手続きの具体的な内容
- 委任状の作成年月日
- 委任者の住所、氏名、押印
役所に対する手続き
相続手続きには、役所に対する様々な手続きも含まれます。その中でも、被相続人の家族関係を明らかにし、相続人を確定させるために必要なのが「戸籍謄本」です。
戸籍謄本は、被相続人と同じ戸籍に記載されている親族や、直系尊属・卑属、または司法書士や行政書士などが職務として申請する場合は、委任状なしに取得できます。ただし、本籍地が遠方である場合など、別の親族に取得を依頼する場合は委任状が必要です。
通常は、申請先の自治体のホームページなどからひな型をダウンロードして使用しますが、自分で作成することもできます。その場合は、以下のような事項が記載されていることが必要です。
- 代理人の住所及び氏名
- 取得する証明書の種類
- 必要部数
- 委任状の作成年月日
- 委任者の住所、氏名、押印
なお、被相続人の戸籍謄本は、亡くなった時点の戸籍のみでは足りず、出生から死亡までの連続した戸籍が必要となるため、注意しておきましょう。
例外的に委任状が不要なケースも
相続人を代理して手続きを行う場合でも、代理人が以下に該当する場合は委任状が不要です。
- 親権者
- 未成年後見人
- 成年後見人
これらは「法定代理人」と呼ばれ、たとえば親権者であれば、未成年者である子の法律行為を、委任状なしに代理して行うことができます。
また、法定相続分(法律で決められた相続割合)どおりに相続する場合も、委任状なしに相続登記が可能です。ただし、委任状が無いと「登記識別情報通知」が代表して手続きをした相続人にしか発行されません。
そのため、その後の相続不動産の売却などの際に手間が増えてしまうことになります。よって、法定相続分どおりに相続する場合でも、原則に沿って委任状を作成しておくことをおすすめします。
相続登記における委任状の書き方
具体的な委任状の書き方について、今回は「相続登記」を委任するケースを例にとって解説します。他のケースの場合も、本記載例をベースにして記載してみてください。
誰に委任するのか
相続登記を依頼する相手の住所と氏名を記載します。通常は司法書士、あるいは他の親族になります。
「相続登記を委任する」旨の記載
この記載がないと、何を委任しているのかが分かりません。具体的には、以下のように記載します。
私は上記の者を代理と定め、下記登記申請に関する一切の権限を委任します。
登記の目的
この部分は、被相続人が対象不動産を単独所有していたのか、共有していたのかによって異なります。
- 単独所有の場合:所有権移転
- 共有の場合:〇〇(被相続人の名前)持分全部移転
なお、単独所有か共有かわからない場合は、法務局で取得できる「登記事項証明書」の「権利部」を確認しましょう。
登記の原因
「令和○年○月○日 相続」と記載します。日付は被相続人の死亡日を記載します。死亡日がわからない場合は、戸籍謄本を確認しましょう。
相続人
まず1行目に「(被相続人 〇〇)」と、被相続人の名前を記載します。2行目以降は、「被相続人が対象不動産を単独所有していたのか、共有していたのか」「相続人は1人か複数か」によって、以下のように記載が異なります。
相続人が1人 | 相続人が複数 | |
---|---|---|
被相続人が不動産を単独所有 | 相続人の住所・氏名を記載 | 相続人全員の住所・氏名・相続する持ち分 |
被相続人が不動産を共有 | 相続人の住所・氏名・被相続人の持ち分 | 相続人全員の住所・氏名・相続する不動産全体に対する持ち分 |
被相続人が不動産を単独所有しており、それを1人が相続する場合
1行目の被相続人の名前の下に、相続人の住所・氏名を以下のように記載します。
東京都世田谷区〇〇△丁目△番△号
A野 A太
被相続人が不動産を単独所有しており、それを複数人が相続する場合
1行目の被相続人の名前の下に、相続人全員の住所・氏名及びそれぞれの持ち分を以下のように記載します。
東京都世田谷区〇〇△丁目△番△号
持ち分3分の2 A野 A太
東京都文京区〇〇△丁目△番△号
持ち分3分の1 A野 B子
被相続人が不動産を共有しており、それを1人が相続する場合
1行目の被相続人の名前の下に、相続人の住所・氏名及び被相続人の持ち分を以下のように記載します。
東京都世田谷区〇〇△丁目△番△号
持ち分2分の1 A野 A太
被相続人が不動産を共有しており、それを複数人が相続する場合
1行目の被相続人の名前の下に、相続人全員の住所・氏名及びそれぞれの持ち分を記載します。ただし、持ち分は不動産全体に対するそれぞれの持ち分を記載するため、たとえば被相続人の共有持分が2分の1であった場合は、以下のように記載します。
東京都世田谷区〇〇△丁目△番△号
持ち分6分の2 A野 A太
東京都文京区〇〇△丁目△番△号
持ち分6分の1 A野 B子
なお、「6分の2」は「3分の1」に約分できますが、わかりやすくするためにこの場合は分母を揃えて記載するのが一般的です(約分しても誤りではありません)。
不動産の表示
この部分は、対象不動産が土地か、建物(マンション以外)か、マンションかによって異なります。なお、不動産の情報は登記事項証明書の「表題部」にて確認しましょう。
対象不動産が土地の場合
登記事項証明書「表題部」より該当部分を抜き出して以下のように記載します。
不動産番号:〇〇(13桁)
所在:東京都世田谷区〇〇△丁目地番:△番△
地目:宅地
地積:100.00㎡
なお、被相続人が対象不動産を共有していた場合は、最後の地積に続けて「(共有者 〇〇 持分2分の1)」と記載します。
対象不動産が建物(マンション以外)の場合
登記事項証明書「表題部」より該当部分を抜き出して以下のように記載しますが、土地の場合と項目が異なるため注意しましょう。
不動産番号:〇〇(13桁)
所在:東京都世田谷区〇〇△丁目家屋番号:△番△
種類:居宅
構造:木造瓦ぶき2階建
床面積:1階 60.00㎡
2階 52.00㎡
土地の場合と同様に、被相続人が対象不動産を共有していた場合は、最後の床面積に続けて「(共有者 〇〇 持分2分の1)」と記載します。
対象不動産がマンションの場合
マンションの一室などを相続する場合は、以下のように非常に記載が複雑になります。なお、マンションを1棟まるごと相続する場合は、こちらではなく「建物(マンション以外)の場合」の記載になりますので、注意しましょう。
不動産番号:〇〇(13桁)
一棟の建物の表示
所在:東京都世田谷区〇〇△丁目△番△建物の名称:〇〇ビル
専有部分の建物の表示
家屋番号:〇〇△丁目△番△
建物の名称:201
種類:居宅
構造:鉄筋コンクリート造1階建
床面積:1階部分 40.00㎡
敷地権の目的である土地の表示
土地の符号:1
所在及び地番:世田谷区〇〇△丁目△番△
地目:宅地
地積:5000.00㎡
敷地権の表示
土地 の 符号:1
敷地権の種類:所有権
敷地権の割合:5000分の50
補足(登記以外の委任事項)
基本的に相続登記の申請には、登記申請そのもの以外にも、さまざまな細かい手続きが伴います。そのため、登記申請以外の事項もここで列挙しておき、手続き全般を一任するのが一般的です。
ここで記載が漏れている事項は、代理権が付与されず、自分で行わなくてはならなくなるため、注意しましょう。主に、以下のような事項を記載します。
- 登記識別情報受領
- 復代理人の選任
- 登記識別情報受領に係る復代理人の選任
- 原本還付請求の受領
- 登記に係る登録免許税の還付金受領
- オンライン申請の補正及び取り下げ
日付、委任者の署名・押印
委任状を作成した日付を記載し、最後に委任者の住所、氏名を記載して押印します。署名が直筆が原則ですが、押印は認印でも差し支えありません。
相続で委任状を作成するときの注意点
委任状は、面倒な手続きを委任できる便利な書類ですが、それ故に注意しなければならないポイントがあります。
白紙委任状は避けましょう
「白紙委任状」とは、委任すべき事項の一部が不明確なまま、該当部分を空白にした委任状を指します。一見柔軟な書面のように思えますが、この空白部分に思わぬことが記載されて、悪用されるリスクがあります。
たとえば、代理人の表示を空白にした場合、利害関係が対立する親族が代理人になってしまう可能性があります。また、委任内容を空白にした場合、相続登記とは全く関係のない別の取引に利用されてしまうおそれもあります。
書き損じの際の修正方法
委任状は、誤りが無いように確認しながら作成するのが理想ですが、どうしても書き損じてしまうことはあります。
書き損じた場合は、以下の点に注意して修正すれば問題ないので、慌てずに対処しましょう。
- 書き損じた箇所に二重線を引き、署名欄に押した印鑑で訂正印を押します
- 訂正印同士は重ならないようにします
なお、欄外に捨印を押す方法は、法律の専門家に委任する場合を除いて悪用リスクがあるため、避けるのが無難です。
相続の委任状についてよくある質問
相続手続きにおける委任状について、よく寄せられる質問をQ&A形式でまとめました。
相続を放棄する場合の委任状は?
被相続人に借金があり、プラスの相続財産よりもマイナスの相続財産のほうが大きいなどの事情がある場合、一切の相続財産を引き継がない「相続放棄」をするという選択肢もあります。
相続放棄を行うには、被相続人の死亡から3ヶ月以内に家庭裁判所に申立を行う必要がありますが、この申立手続きは弁護士もしくは司法書士に委任できます。この場合の委任状は依頼先の弁護士・司法書士が用意してくれるので、必要箇所を確認しながら記載しましょう。
相続の委任状に印鑑は必要?
近年は、さまざまな行政手続きにおいて書類への押印廃止が実施されていますが、相続登記の委任状については、従来と変わらず押印は必要です。ただし、押印に使う印鑑は、実印である必要はなく、認印でも差し支えありません。
なお、不動産の表示などが多く委任状が複数枚に渡る場合は、各委任状をステープラなどで留め、契印を忘れないようにしましょう。
相続の委任状を勝手に作成するとどうなる?
委任者本人の自由意思に基づくことなく勝手に作成された委任状は、法律上当然に無効となります。よって、無効な委任状によってなされた相続登記も、最初から代理権がなかったことになり、無効な登記となります。
また、刑事上は有印私文書偽造罪及び同行使罪が成立する可能性もあります。
まとめ
本記事では、相続手続きにおける「委任状」について、その役割や必要となるケース、具体的な記載事項などをお伝えしてきました。
相続手続きは、相続人自らが行うのが原則とされていますが、現実には専門的な知識や膨大な手間が必要であり、スムーズに手続きを進めるためには代理人に依頼するのが一般的です。
その際の委任状についても、委任者自らが作成することは少なく、通常は司法書士などが用意してくれた委任状に署名・押印するというケースが大半です。委任状に何が書かれているかすべてチェックしている方は、そう多くないでしょう。
しかし、本記事で解説した記載事項を頭の片隅にでも入れておくことで、委任状の内容が理解できるようになるため、万が一記載に不備があったとしても、事前に指摘することでトラブルを未然に防ぐことができます。
また、委任状を自分で作成する際には、本記事の内容を参考にしつつ、記載に迷う箇所が出てきた場合や、内容が正しいのかリーガルチェックが必要な場合には、積極的に法律の専門家のアドバイスを仰ぐようにしましょう。
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