故人が遺言を残さずに亡くなった場合、預金や不動産などの遺産を分割するために相続人同士で協議を行う必要があります。その協議で決定したことをまとめた文書が「遺産分割協議書」です。
しかし、相続権を主張しない相続人がいた場合、遺産分割協議書はどのように書けばよいのでしょうか?
そもそも相続権を主張しない方法には2種類あることをご存知ですか?そして、それぞれ遺産分割協議書の書き方が異なります。
この記事ではそれぞれのパターンでの遺産分割協議書の書き方について詳しく解説します。
- 「相続放棄」と「相続分の放棄」は意味が全く異なる
- 遺産分割協議書はそれぞれの放棄の方法で書き方が異なる
- 被相続人に借金や負債など負の財産があった場合、「相続放棄」の方がおすすめ!
「相続放棄」と「相続分の放棄」の違い
遺産を相続しない方法は2つあり、それぞれ下記の通りです。
- 相続放棄
- 相続分の放棄
ここではそれぞれの違いについて解説します。
相続放棄
本記事における「相続放棄」とは、当初から相続人でなかったこととみなす法制度を意味します。
「相続放棄」をするためには裁判所での特別な手続きが必要となります。相続放棄をしたいと考える相続人は、被相続人の死後3カ月以内に、家庭裁判所に相続放棄の申述を行わなくてはなりません。
家庭裁判所に申述が認められると、その相続人は当初から相続人ではなかったこととなり、被相続人が残した財産を一切相続することがありません。
そしてこの場合、相続放棄者の相続分は同順位の相続人がいればその頭数に合わせて分配され、同順位の相続人がいなければ次順位の相続人に相続権が移転します。
相続放棄をすると、遺産分割協議と呼ばれる相続人同士での遺産分割方法の話合いにも参加する必要がありません。
相続分の放棄
本記事での「相続分の放棄」とは、相続人間で自身の相続権を放棄する行為を意味します。相続分の放棄は相続開始後であればいつでも可能です。
相続分の放棄について特に要式もありませんので、遺産分割協議において遺産を相続しない旨同意すればそれで足ります。場合によっては遺産分割協議に参加せず、相続権を主張しない旨明示した文書を他相続人に通知することでも可能です。
このような相続分の放棄は、相続人の一人に遺産を集中させる場合などに利用されることが多いと思われます。
相続放棄のほうがおすすめ
被相続人が残した遺産を一切相続したくない場合は、私的行為である「相続分の放棄」ではなく、裁判所の手続である「相続放棄」を選択することがおすすめです。
被相続人に債務などマイナスの財産がなければ「相続分の放棄」でも問題はありませんが、後から債務があったことが発覚するケースもあります。
もし被相続人に負債や借金などのマイナスの財産があった場合、たとえ相続人が自身の「相続分を放棄」したとしても債権者に法定相続分に応じた債務を支払わなければならないのです。
というのも「相続分の放棄」はあくまで相続人間の約束に過ぎず、これを債権者に対して主張することができないからです。
他方、裁判所の手続である「相続放棄」は債権・債務の一切を相続しないこととする法的手続であるため、このような心配はありません。
家庭裁判所に申述する手間と時間がかかりますが、想定外の債務を負担することになるリスクを想定するとそもそも相続をしないと決めているのであれば、圧倒的に相続放棄がおすすめです。
なお、「相続放棄」はこのように強力な効力を認める手続であるため、原則として被相続人の死後3カ月以内に手続きを完了させることが必要です。その期限を過ぎると「相続放棄」の手続を取れなくなる可能性が高いので注意しましょう。
もし被相続人に負債や借金などのマイナスの財産があった場合、相続分を放棄した人も債権者に法定相続分に応じた債務を負う可能性があるからです。
相続放棄者がいる場合の遺産分割協議書の書き方
つづいて、「相続放棄者がいる場合」と「相続分の放棄をした人がいる場合」の遺産分割協議書の書き方をそれぞれ解説します。
相続放棄者がいる場合
相続放棄をして家庭裁判所に申述が認められた場合、最初から法定相続人ではなかったものと見なされます。そのため、「相続放棄」をした相続人は遺産分割協議に参加する必要がありませんし、遺産分割協議書へのサイン等も不要です。
相続分の放棄をした人がいる場合
相続分の放棄をした人がいる場合は状況が異なります。「相続放棄」とは異なり、相続人の地位を法律的に喪失したわけではないので、相続権を放棄する旨を文書に残しておく必要があります。
例えば、遺産分割協議書に遺産を相続しない旨を明記したり、他相続人に対して相続する権利を放棄する旨の文書を送付するなどの方法が考えられます。
相続分の放棄のメリット5つ
被相続人に債務や借金などのマイナスの財産があった場合を考慮して、相続放棄の方をおすすめすることをお話ししました。しかし、相続分の放棄にもメリットはあります。
相続分の放棄にはメリットが5つあり、下記の通りです。
- 家庭裁判所での手続きが不要である
- 期限の定めがない
- 相続人順位は変わらない
- 生命保険・死亡退職金の非課税が適用になる
- 相次相続控除が適用になる
それぞれのメリットについて解説します。
家庭裁判所での手続きが不要である
相続分の放棄は、相続人間での私的な行為です。家庭裁判所への申述などの事務手続きにかかる時間やコストを節約できます。
期限の定めがない
相続放棄の場合は、被相続人の死後3カ月以内と期限に定めがありますが、相続分の放棄の場合は特に期限に定めはありません。
しかし、相続税を確定的に申告する場合には、被相続人の死後10カ月以内に行う必要があり、申告には遺産分割協議書の添付が必要になることを忘れないように気をつけてください(暫定的な申告は遺産分割協議書がなくても可能です)。
相続人順位は変わらない
相続放棄をすると、相続人の順位が変わることがあります。たとえば、相続人である全ての子どもが相続放棄をした場合、第2順位である相続人(兄弟姉妹など)へ相続権が移るという具合です。そのため、相続放棄をする場合は、次の順位の人に連絡してあげた方が親切といえそうです。
他方、相続分の放棄は相続人順位が変わらないため、次の順位の人への連絡などを行うことはありません。
生命保険・死亡退職金の非課税が適用になる
相続税の計算では、被相続人が死亡したことに起因する生命保険金・死亡退職金には法定相続人の人数×500万円の非課税枠があります。
- 生命保険・死亡退職金の非課税枠=法定相続人の人数×500万円
この計算式における「法定相続人の人数」の数え方については、相続放棄の場合も、相続分の放棄の場合も違いはありません。
しかし、生命保険や死亡退職金の受取人が相続放棄または相続分の放棄をしたケースでそれぞれ取り扱いが異なります。
相続放棄を行った相続人が生命保険金または死亡退職金を受け取った場合、非課税枠は適用されません。つまり、受け取った生命保険金または死亡退職金がそのまま相続税の対象になります。
相続分の放棄の場合、非課税枠を利用できるため、相続税を節税することが可能です。
相次相続控除が適用になる
短い期間に続けて相続が発生した場合、相続のたびに同じ財産に相続税が課されるため相続税の負担が増大します。このようなケースでは、相続税を軽減するために「相次相続控除」が用意されています。
相次相続控除を適用するためには、「被相続人の相続人であること」が条件となっており、相続放棄の場合は適用できません。しかし、相続分の放棄の場合は、相続人であることには変わりがないため相次相続控除の適用を受けられます。
相続分の放棄のデメリット
相続分の放棄の最大のデメリットは、これまで説明したとおり、遺産についての権利は受け取れず、義務のみを負うことになる点です。
被相続人が債務や借金などのマイナスの財産を残していた場合、遺産分割協議書に「負債を引き継がない」と明記していても債権者に対抗できません。つまり、被相続人の負債を相続人全員で負うことになります。
もし相続分の放棄を検討しているのであれば、被相続人にマイナスの財産がないかどうかを徹底的に確認することがおすすめです。
相続放棄のメリット
相続放棄のメリットは下記の4つです。
- 被相続人のマイナスの財産を引き継がなくて済む
- 相続トラブルに巻き込まれなくて済む
- 遺産分割にかかる時間や手間を省ける
- 家や事業を1人に継承させる際に便利
それぞれのメリットについて解説します。
被相続人のマイナスの財産を引き継がなくて済む
相続放棄は、そもそも相続人ではなかったことにする手続きであるため、被相続人の借金や債務などのマイナスの財産を一切相続せずに済むことが最大のメリットです。
例えば、遺産が不動産のみであるものの、その不動産の価値を上回るほどのローンがある場合は、相続放棄をすることをおすすめします。
相続トラブルに巻き込まれなくて済む
遺産分割をする際に必ずしもスムーズに進められるとは限りません。相続人同士が争ったり、遺産分割中にトラブルが発生したりすることもあるでしょう。
しかし、相続放棄をすることで、これらのトラブルに巻き込まれなくて済みます。遺産相続を諦めることにはなりますが、遺産相続に関するトラブルやストレスを回避できることは大きなメリットであると言えるでしょう。
遺産分割にかかる時間や手間を省ける
相続人同士が揉めていなくても、遺産分割には、協議の実施、協議書の作成、名義変更の手続きなどさまざまな事務作業があり、時間と手間がかかります。
しかし、相続放棄をするとこれらの面倒な作業に携わる必要がないため、遺産分割にかかる時間や手間を省けるでしょう。
家や事業を1人に継承する際に便利
家や事業を1人の相続人に集中して継承させる際に、相続放棄は非常に便利です。スムーズに家や事業の継承ができます。
このような場合、被相続人による生前贈与や特定遺贈を活用すれば、相続放棄をした相続人にも遺産を残すことは可能です。
相続放棄のデメリット
相続放棄のデメリットは下記の3つです。
- 後順位の相続人に迷惑がかかることがある
- 相続放棄を撤回できない
- 死亡保険金や死亡退職金の非課税枠が適用されない
それぞれのデメリットについて解説します。
後順位の相続人に迷惑がかかることがある
先順位の相続人が相続放棄をした場合、相続権は後順位の相続人に移ります。
相続権の順位は下記の通りです。
- 第1順位:被相続人の子ども
- 第2順位:被相続人の直系尊属(両親や祖父母など)
- 第3順位:被相続人の兄弟姉妹
被相続人に負債や借金などがあったことが発覚し、あなたが相続放棄をするとその相続権が後順位の相続人に移ります。つまり、後順位の相続人が、被相続人の負債を負うことになるのです。
相続放棄をするかどうかは個人の自由ですが、迷惑をかける可能性も考慮して後順位の相続人にきちんと伝えておきましょう。
相続放棄を撤回できない
一度家庭裁判所に相続放棄の申述が認められると、後から多額の財産が見つかったとしても、原則として撤回できません。
相続放棄をする場合は、慎重に検討するようにしてください。
死亡保険金や死亡退職金の非課税枠が適用されない
これについては、相続分の放棄のメリットでもお話しした通りです。
死亡保険金や死亡退職金は、相続放棄をしたとしても受け取れますが、非課税枠は相続人にのみ適用されるため、死亡保険金や死亡退職金に課される相続税が増える可能性があります。
遺産分割協議書と相続放棄に関する注意点
遺産分割協議の中で、相続放棄はできないので注意してください。相続放棄をする場合は、必ず家庭裁判所に申述書を提出しましょう。
遺産分割協議の中で、遺産の相続を拒否することは「相続分の放棄」に当たります。上記にもありますが、これは被相続人がマイナスの財産を残していた場合、たとえ「相続分の放棄」をしたとしても、被相続人の債務を弁済することが必要です。
勘違いする人が多いですが、「相続放棄」をする場合は、必ず家庭裁判所に申述してください。
相続放棄をしてもらうのにハンコ代は必要なの?
相続を放棄した人に対して、遺産相続者が「ハンコ代」を支払うことがあります。
「ハンコ代」とは、書類に押印してもらった際に、その見返りとして支払うお金のことです。押印する人からすると何も得をしない書類であるため、押印の報酬としてお金を支払うこともあります。
これはあくまで交渉事であり、何らかルールがあるわけではありません。そのため、相続の放棄又は相続放棄の見返りとして何かしらのお金を支払うか支払わないかは状況次第です。
なお、ハンコ代はあくまで見返りとしての贈与行為であるため、その金額が110万円を超える場合は、受け取る側に贈与税がかかってくるため注意しましょう。
他方、遺産を「代償分割」という方法で分割すれば、110万円を超えても贈与税がかからずに済みます。しかし、相続税がかかる可能性があるため確認を忘れないようにしましょう。また、この場合には相続を単純承認したことになりますので、その後の家庭裁判所への相続放棄はできなくなることにも注意してください。
まとめ:専門家への相談も検討しよう!
この記事では、「相続放棄」と「相続分の放棄」の違いと、それぞれのケースの遺産分割協議書の書き方について紹介しました。
「相続放棄」と「相続分の放棄」は大きく異なります。そして、それぞれにメリットとデメリットがあります。
遺産の相続を放棄したい場合は、「相続放棄」と「相続分の放棄」のどちらがご自身にとってメリットが多いのかをよく考えた上で選びましょう。ご自身で判断することが難しい場合は、専門家に相談することも手です。
ほかにもこちらのメディアでは、代償分割とは何かや相続手続きをしなかったらどうなるかについても解説しています。ぜひこちらの記事もご確認ください。