遺言書がなくても、「トラブルが発生するような財産はないから、心配はいらない」と考えていませんか?
実は、遺産分割でもめて調停に持ち込まれるのは、遺産の総額5,000万円以下のケースに集中しています。遺言書とは、単に遺産の配分を示すだけでなく、相続人同士のトラブルを回避する役割があるのです。
この記事では、遺言書の役割を明らかにするとともに、各遺言書の種類ごとにメリットとデメリットをご説明していきます。
- 遺言書があることで、相続人同士のトラブルが回避できる
- 遺言書には、自筆証書遺言書、公正証書遺言書、秘密証書遺言書の3種類がある
- 公正証書遺言書が最もリスクが低い
遺言書とは
遺言書とは、自分が遺した財産の分け方への思いを示した書面のことです。遺言書が存在することで、自分が渡したい人に財産を譲ることが可能となります。
遺言書がない場合は、被相続人の遺産の分け方について、相続人全員で遺産分割協議を行います。この協議は相続人全員が合意しないと成立しないため、しばしばトラブルになり、遺産分割調停や遺産分割審判に持ち込まれることがあるのです。
相続トラブルは、資産家の相続で発生するものだと考える方は多いのですが、実情は大きく異なります。
令和2年度の司法統計によると、家庭裁判所に提起された遺産分割調停の件数と構成割合では、相続財産1,000万円以下が2,017件で34.7%、相続財産1,000万円超5,000万円以下が2,492件で42.9%です。
両方の層を合わせると、相続財産5,000万円以下は77.6%と、8割近くを占めていることが分かります。
遺言書が存在することで、自分の思いを実行できるだけでなく、相続人同士のトラブルを回避できるのです。
財産を渡す人を指定できる
遺言書では、誰に何を渡すのかを指定できます。遺言書で指定をすれば、法定相続人以外のお世話になった人などに財産を譲ることもできます(民法第902条)。
相続人の排除ができる
特定の相続人から虐待や侮辱などの被害を受けているなどの理由で、その人に財産を渡したくないこともあるでしょう。その場合、遺言書によって、該当人物の相続する権利を剥奪できます(民法第893条)。
遺言執行者を指定できる
被相続人は、すでに亡くなっているので遺言書の内容を実現できません。被相続人に代わって遺志の実現をするのが遺言執行者です。
遺言書によって、遺言執行者を指定できます(民法第1006条)。遺言執行者を指定しておくことで、相続手続きを速やかに行えます。
遺言書は3種類ある
遺言書には次の3種類があります。
- 自筆証書遺言書
- 公正証書遺言書
- 秘密証書遺言書
この3種類であれば、どれを選択しても遺言書の効力はありますが、法的に正しい方法で作成しないと無効となり、遺言書の目的が果たせなくなります。
それぞれの遺言書について、詳しくご説明していきましょう。
自筆証書遺言書とは
自筆証書遺言とは被相続人が、その全文および日付、氏名を自筆で作成した遺言書のことです(民法第968条第1項)。ただし、相続財産の内容をまとめた「相続財産目録」については、パソコンによる作成が認められています(同条第2項)。
自分で文字を書いて作成できるので、自筆証書遺言は3種類の中では最も手軽に作成できる遺言書です。
自筆証書遺言書のメリット
自筆証書遺言書のメリットとして挙げられるのは、手軽に自分の意思でいつでも作成できる点です。財産目録は、パソコンで作成できるので、空いた時間で少しずつ書き込むこともできます。
証人を必要としないため費用はほとんどかからず、他の人に知られないように作成できます。
自筆証書遺言書のデメリット
自筆証書遺言書は、書き方を間違えれば遺言書が無効になってしまうリスクがあります。せっかく遺言書を残していても、押印がない、日付が抜けているなどの理由で無効となってしまうのです。
自筆証書遺言書が無効になりやすいケースとして次のようなものがあります。
- 自筆で書いていない
- 日付が抜けている
- 押印がない
- 内容が不明確である
無効になりやすいことの他に、自筆証書遺言書のデメリットとして、次のような事柄が挙げられます。
- 保管場所が分からなくて発見されない
- 紛失する
- 隠蔽、破棄、改ざんされる可能性がある
- 開封の前に家庭裁判所の検認が必要
法務局の「自筆証書遺言書保管制度」でデメリットを軽減
自筆証書遺言書のデメリットは、法務局の「自筆証書遺言書保管制度」を利用することで、かなり軽減できます。自筆証書遺言書保管制度は、自筆証書遺言書を法務局に預け、画像データ化して保管する制度です。
遺言書の保管を法務局に申請する際、窓口で法務局の職員が遺言の様式を確認します。これにより、日付や押印が抜けているといった形式ルールに適合していることをチェックしてもらえます。
形式ルールに適合していない場合は、その場で遺言を訂正したうえで保管できるため、法的に無効になるリスクがなくなるのです。
法的に有効な遺言書であることを確認してもらった後は、法務局で保管するので、紛失や書き換えの心配はありません。
法務局が被相続人の死亡を確認すると、遺言書が法務局で保管されていることを指定されていた相続人等に通知します。通知により、遺言の存在が明らかになりますので、遺言書が相続人に発見してもらえないというデメリットを解消できるのです。
相続人等は、遺言書について、「遺言書情報証明書」と「遺言書保管事実証明書」の2種類の証明書を交付してもらえます。この証明書には、目録を含む遺言書の画像情報が表示されており、遺言書の内容の証明書となるのです。
遺言書情報証明書によって、遺言書の閲覧と同じように遺言書の内容を確認できます。また、交付の請求に際して、家庭裁判所の検認手続きを受ける必要はありません。
家庭裁判所の検認とは
自宅や貸金庫などで遺言書を発見した相続人は、勝手に開封してはいけません。遺言書を家庭裁判所に提出して検認を請求しなければならないからです。
遺言書の検認とは、遺言書の形状や内容などを明確にして、偽造・変造を防止するための手続きです。検認期日に申立人が遺言書を提出して、出席した相続人等の立会いのもと、裁判官が開封して遺言書を検認します。
自筆証書遺言書の書き方のポイント
自筆証書遺言書は簡単に作成できる一方で、厳格に形式が定められた遺言です。法律上の要件を満たしていなければ無効となるリスクがあります。
法的に有効な自筆証書遺言書を作成するために、書き方のポイントを押えていきましょう。
- 直筆で書く
- 日付を書く
- 署名と押印を行う
- 修正テープは使わない
- 単独で作成する
- 封筒には検認の注意書きを記載する
直筆で書く
自筆証書遺言書は被相続人が、その全文および日付、氏名を自筆で作成することが要件になっています。過去の裁判においても、他人が手を添えて執筆を補助したものが無効な遺言とされているのです。
また紙に直接記入しないで、録音や映像を遺していても遺言としては認められません。
日付を書く
遺言書が複数存在した場合、最も新しい日付のものが有効になります。そのため、遺言がいつ書かれたかが非常に重要な意味を持ちます。たとえ1通しか存在しない場合でも、日付を書いていない遺言書は無効です。
遺言に書く日付は必ず年、月、日を具体的な数字で書きます。たとえば、日にちを「吉日」とした遺言書は無効です。
署名と押印を行う
遺言書には、署名と押印が必要です。印鑑は法律上は認印でも認められていますが、自分が作成したものであることを明白にするためにも、実印で押印する方が望ましいでしょう。
拇印は有効とされていますが、亡くなった後では拇印が本人のものか確認することが困難なので、やはり印鑑の方が望ましいでしょう。
遺言書を発見した相続人が偽造を疑われないよう、自筆証書遺言書はできるだけ封筒に入れて、封筒の綴じ目にも押印をした方が安心です。
修正テープは使わない
自筆証書遺言書で文言を間違えた場合、修正するには間違った箇所を二重線で削除して、変更する箇所に正しい文言の挿入をします。変更箇所に押印のうえ、欄外に変更した内容を付記します。付記した箇所には署名をしてください。
自筆証書遺言書の修正方法は法律に定められており、修正テープや修正インクを用いて修正をすると遺言書が無効になる可能性があります。
修正方法は複雑かつ厳格であるため、書き間違いが生じた場合は、そのページ自体を書き直した方が安心です。
単独で作成する
夫婦で遺言書を作成したいと考える方もいるかもしれません。しかし、「遺言は、二人以上の者が同一の証書ですることができない(民法第975条)」とされているため、共同で作成した遺言書は無効になります。
内容について夫婦で話し合うことは自由ですが、遺言書を作成する際には、それぞれ別の紙に書いて、封筒も別々にして保管してください。
封筒には検認の注意書きを記載する
封印のされた自筆証書遺言は、検認の手続きを受けなければ開封できません。封をしてある自筆証書遺言を勝手に開封すると、5万円以下の過料になります。
無効にならないとしても、遺言書の信憑性への懸念からトラブルに発展する可能性が高くなります。
検認について知らない人も多いので、自筆証書遺言を入れた封筒に、「開封する前に家庭裁判所の検認を受けるように」と、一筆したためておくと安心です。
公正証書遺言書とは
公正証書遺言とは、公証人が作成する遺言書のことです。遺言者が公証役場へと行き、公証人に希望する遺言内容を伝えて作成してもらいます。
法律の専門家である公証人が作成した遺言書なので、形式的な面で無効になることはありません。
公正証書遺言書のメリット
公正証書遺言書は公証人が関与するため、書式面で無効になることはありません。また作成に際しては、公証人と証人が立ち会っているので、遺言能力で無効になることもありません。
公証役場で原本を保管してくれるため紛失することはなく、相続人が遺言検索サービスを利用することで、遺言書の存在が明らかになります。
公正証書遺言書のデメリット
公正証書遺言書のデメリットは作成費用かかることです。公正証書遺言書を作成してもらう公証人と2名の証人に、それぞれ費用がかかります。
公正証書遺言書は手間と費用を要しますが、それ以外のデメリットはなく、3種類の遺言書の中では最もリスクの低い遺言書です。
公正証書遺言書の作成の流れ
公正証書遺言は、次のような流れで作成します。
- 遺言書の原案と必要書類を提出する
- 公証人と遺言内容の打ち合わせをする
- 公証人が遺言書を作成する
- 公証人が、遺言書の内容を読みあげる
- 遺言者と証人が原本に署名・押印をする
- 公証人が署名・押印する
- 作成手数料を支払う
- 原本を公証役場に保管してもらう
公正証書遺言書を作成する手数料
公正証書遺言書の作成に際しては、公正証書作成手数料を公証人役場へ支払う必要があります。この手数料は、公証人手数料令によって定められ、全国一律で、次のように定められています(第9条)。
遺言書に書く財産の合計額 | 基本手数料 |
---|---|
100万円まで | 5,000円 |
100万円超200万円まで | 7,000円 |
200万円超500万円まで | 1万1,000円 |
500万円超1,000万円まで | 1万7,000円 |
1,000万円超3,000万円まで | 2万3,000円 |
3,000万円超5,000万円まで | 2万9,000円 |
5,000万円超1億円まで | 4万3,000円 |
1億円超3億円まで | 4万3,000円に超過額5,000万円ごとに1万3,000円加算 |
3億円超10億円まで | 9万5,000円に超過額5,000万円までごとに1万1,000円を加算した額 |
10億円超 | 24万9,000円に超過額5,000万円までごとに8,000円を加算した額 |
公正証書遺言書では、この手数料に遺言加算という特別な手数料を定めています。1通の遺言公正証書における目的価額の合計額が1億円までの場合は、1万1,000円を加算すると規定しています(第19条)。
たとえば、遺言書によって相続させる財産が3,000万円の場合の手数料を見てみましょう。
- 手数料:2万3,000円
- 遺言加算:1万1,000円
- 合計:3万4,000円
公正証書遺言書の証人とは
公正証書遺言書を作成するには、作成の場に立ち会ってくれる2名の証人が必要です。証人になるための資格はありませんが、次に該当する人は証人になれません。
親族の多くが証人になれないので、証人を見つけられない方は多勢います。証人が見つからないときは、公証役場の紹介制度を利用してください。その場合、1人につき6,000円程度の費用がかかります。
また遺言書の作成に関わった、弁護士、司法書士、行政書士などの専門家に依頼する方法もあります。
公正証書遺言書の作成で必要な資料
公正証書遺言書を作成する際は、次のような資料を公証人に提出する必要があります。
- 遺言者の本人確認資料(運転免許証、印鑑登録証明書、住基カードなど)
- 遺言者と相続人の続柄がわかる戸籍謄本
- 受遺者の住民票(相続人以外に遺贈する場合)
- 固定資産税納税通知書または固定資産評価証明書(不動産がある場合)
- 不動産の登記簿謄本(遺言で不動産を特定する場合)
- 証人予定者の氏名・住所・生年月日・職業が判明するもの
- 遺言執行者の氏名・住所・生年月日・職業のメモ(相続人・受遺者以外に設定する場合)
秘密証書遺言書とは
秘密証書遺言とは、自分で作成した遺言書を封印して、存在だけを公証役場で認証してもらえる遺言書のことです。公証人の関与はありますが、遺言の内容は公証人にも秘密にできます。
ただし、秘密証書遺言書は現在、利用者がほとんどいないのが実情です。
秘密証書遺言書のメリット
秘密証書遺言書のメリットは次のとおりです。
- 誰にも遺言の内容を知られない
- 本文や財産目録などはパソコンや代筆で作成が可能
秘密証書遺言書のデメリット
秘密証書遺言書のデメリットは、次のとおりです。
- 公証人による内容確認がないので無効になりやすい
- 2名の証人が必要
- 公証人手数料が必要
- 家庭裁判所の検認が必要
- 原本は公証役場に残らないので、紛失するリスクがある
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