相続放棄ができないケースとは?認められない場合の対策も詳しく解説

多額の借金を残して被相続人が亡くなったことで生じる不利益から、相続人が身を守る手段が相続放棄です。今後の生活すらも左右しかねない重要な手続きですから、それが認められるかどうかに不安を覚える方もいるでしょう。

円滑に相続放棄を進めるには、それが認められないケースについてもしっかりと認識しておくことが大切です。

今回の記事では、相続放棄が受理されないケースやその後の対策についても詳しく解説します。相続放棄を検討している方は、ぜひお目通しください。

1分でわかる!記事の内容
  • 相続放棄の申述は広く認められるが、却下される条件は厳格
  • トラブルなく相続放棄をするには「法定単純承認」に関する理解が必要
  • 相続放棄ができない不安がある場合には、弁護士への相談がおすすめ

相続放棄とは?

相続放棄とは、被相続人の財産上のすべての権利・義務を放棄する手続きです。「被相続人に多額の借金がある」など、相続によって不利益が生じるときや、他の相続人に遺産を譲りたいときなどに用いられます。

民法に定められた法定相続人であれば、何もしなければそのまま相続人となり、被相続人の負債を返済する義務が生じます。これを回避するための重要な仕組みが相続放棄です。

相続放棄をした人は「初めから相続人ではなかった」として扱われるため、他の相続人の遺産の配分に変化が生じたり、次の順位の法定相続人に相続権が移ったりする効果が生じることも知っておきましょう。

限定承認との違い

相続が発生すると、法定相続人はその相続を承認するか否かの選択ができます。

相続財産はプラスの財産だけとは限りません。借金などのマイナスの財産が多ければ、相続で不利益を生む可能性があります。このため相続自体を拒否する仕組みが設けられているのです。

資産も負債もすべてを受け入れるのが「単純承認」、すべて放棄するのが「相続放棄」です。さらに選択肢にはもう1つ、「限定承認」という手続きがあります。

限定承認は、「プラスの財産の範囲でマイナスの財産も引き継ぐ」というものです。

確かに資産よりも負債の方が大きかった場合には、「何の遺産も引き継がない」という相続放棄と同様の結果が生じます。

しかし、あくまでも限定承認は「承認」という意思表示の1つであるため、相続人でなくなるわけではありません。このため次の順位の法定相続人に権利が移ることもなく、限定承認をした相続人たちで手続きが確定するのです。

相続放棄は「相続権を放棄する」という手続きのため、1人の相続人でも問題なく行えます。他の相続人の遺産分割割合などには影響を及ぼすものの、同順位の相続人がいても問題ありません。

しかし限定承認は、相続人全員がこの選択をしなければ使えない手続きです。

相続放棄が認められないケースとは?

相続放棄は民法に定められた厳格な手続きですから、規定に基づいて行わなければ認められません。

「相続の開始があったことを知ったときから3カ月」という期限はもちろん、「相続を承認した」と認識される行為があった場合なども、認められなくなるのです。

相続放棄を検討するのであれば、強制的に単純承認とみなされる「法定単純承認」についても理解しておきましょう。

相続放棄の裁判所の審査

まず前提として、相続放棄の申述に関しては、積極的に認める方向で運用されていることを覚えておきましょう。明らかな却下事由に該当する場合以外は、広く相続放棄の申述を受理すべきという考え方のもとに審理されているのです。

これまで「相続の開始があったことを知ったとき」に関する論点などを中心に、さまざまな判例が出されています。その判旨を見ると、「相続放棄を却下することによって、相続放棄したという主張が一切できなくなる」という点が考慮されているようです。

つまり、相続放棄を広く認める一方で、例えば被相続人の債務に関する争いが生じた場合には、それぞれを個別に論じるべきという考え方といえるでしょう。

熟慮期間が過ぎた場合

相続放棄の手続きが認められない要因の1つが、「相続開始から3カ月以内」という期限を過ぎてしまった場合です。

この3カ月は熟慮期間と呼ばれ、相続人の財産の内容を精査して、単純承認・限定承認・相続放棄のいずれかの選択をする期間に当たります。

相続財産は、現預金や不動産などのプラスの財産だけとは限りません。借金や保証債務などの負債も当然に相続財産とされますから、これらを厳密に調査し、相続すべきか否かを判断しなければなりません。

選択の猶予が与えられているとはいえ、相続における原則的な手続きは、あくまでも単純承認とされていることを覚えておきましょう。

熟慮期間が過ぎた場合には、「単純承認を選択した」とみなされるのです。

相続人の確定や財産の調査には、ともすれば長い時間を要します。配偶者や子どもなど高順位の法定相続人がおらず、兄弟・姉妹などが法定相続人となったケースでは、なおさら調査が困難になるかもしれません。

「自己のために相続の開始があったことを知ったときから3カ月」という期間は、強く認識しておくべきです。また、生前の相続放棄が法律で認められていないことも、あわせて覚えておくとよいでしょう。

単純承認とみなされた場合

法定相続人が「相続を承認した」と認識される行動をとった場合にも、単純承認を選択したとみなされてしまいます。

法定単純承認に該当する事由には、「相続財産の全部または一部を処分したとき」という項目が挙げられています。例えば被相続人の預金を下ろして使ってしまった場合、相続財産を売却した場合などです。

これは相続放棄が認められた後でも同様で、放棄した財産に関しても手を出してはなりません

単純承認とみなされるケースは?

単純承認とみなされるケースについては、民法第921条に定められています。

単純承認とみなされるケース
  • 相続人が相続財産の全部または一部を処分したとき
  • 相続人が熟慮期間内に限定承認または相続の放棄をしなかったとき
  • 相続人が限定承認または相続放棄した後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿・消費し、悪意で相続財産の目録中に記載しなかったとき

少し難しい表現ですが、具体的に説明していきましょう。

相続財産を使ってしまった場合

相続放棄が認められない事例の1つが、相続財産を消費してしまった場合です。

例えば法定相続人の1人が相続する遺産を当て込んで、被相続人の口座から預金を下ろして私的に使ってしまったとします。その後に被相続人に多額の借金があったことが発覚したとしても、相続放棄はできません

葬儀費用など一定の用途であれば認められるものもありますが、原則として被相続人の財産を私的に流用した時点で法定単純承認とされ、撤回ができなくなるからです。

また、相続財産を売却した場合や取り壊した場合なども、処分に該当すると考えられるでしょう。

相続に際しては、不要な不動産を売却したり、解体したりすることが望ましいケースもあり得ます。しかしこれらの行為は、あくまでも相続人の責任として行われるものであり、相続を放棄して第三者となる人がやるべきことではありません。

このような行為があった場合にも、単純承認とみなされるのです。

遺産分割協議に合意してしまった場合

相続放棄は、相続人ではなくなるという手続きですから、相続財産の分割や処分に関与することはできません。つまり、遺産分割協議にも参加できないのです。

遺産分割協議への合意は、相続人であることを認める行為にほかなりませんから、遺産分割協議書に署名・捺印などをした場合には相続放棄はできなくなります。

ここで注意しなければならないのは、遺産分割協議の中で共同相続人に財産の放棄を主張したとしても、相続放棄をしたことにはならない点です。

遺産分割は、必ずしも法定相続分に従わなければならないものではありません。単純承認をした相続人であっても、遺産を受け取らない選択は可能です。

とはいえここで生じたのは、あくまでも相続人同士での効果に過ぎません。借金の返済義務がないことを、対外的に主張できるわけではない点に注意が必要です。

被相続人の負債を返済してしまった場合

被相続人の財産を自分自身の用途に使ってしまった場合だけでなく、被相続人の負債の弁済に使った場合にも、法定単純承認に該当する可能性があることを覚えておきましょう。

請求書が届いたからといって、すぐに支払うことはおすすめできません。相続放棄を選択肢として検討しているのであれば、被相続人の財産には手を付けないことが原則と考えましょう。

もっとも債務の弁済については、法律家の間でも見解が分かれるポイントです。

民法第921条の処分に関する条文には「ただし、保存行為および第602条に定める期間を超えない賃貸(短期の賃貸借など)をすることは、この限りでない」という規定が付されているからです。

相続人には、相続財産を管理する義務があります。この義務は、相続放棄をしたからといって、直ちに消滅しない性質のものです。債務の弁済は相続人の財産を管理する行為、つまり保存行為に該当すると考えられるため、このような議論が生じるのでしょう。

とはいえ債務の弁済に関しては、明確な基準などが規定されているわけではありません。トラブルの発生を防ぐためにも、基本的には関与しないことが得策といえるでしょう。

トラブルなく相続放棄するポイント

トラブルなく相続放棄するポイントは、いかに法定単純承認に該当する事由を排除できるかという点でしょう。

期間内に手続きを終えること、相続財産を処分したと疑われる行為に手を出さないことが大切です。

早めに相続財産調査に着手する

相続放棄を検討しているのであれば、できるだけ早急に財産調査に着手し、被相続人の資産と負債の状況を明らかにすることが大切です。

負債を調査する場合には、契約書や借用書などを確認する以外にも、個人信用情報機関に照会して情報を得るなどの方法が考えられます。しかし、個人間で交わされた貸借契約などに関しては、個人信用情報には記載されません。

これらを慎重に調査しなければ、思わぬ負債を背負うリスクが生じてしまいます。

これとは逆に、負債と認識していたものの、実は支払いの義務が消滅しているケースもあり得るでしょう。分かりやすい事例が住宅ローンです。

多くの住宅ローンには、返済中に契約者が亡くなった場合に備えて、以後の返済が免除される団体信用生命保険に加入しています。最近では、投資用不動産の融資に付保されているケースも少なくありません。

相続人が「多額の住宅ローンが残っている」と認識していたものが、実は債務が消滅している可能性もあり得るのです。

相続財産に手を付けない

前述の通り、相続財産を処分したときには、単純承認とみなされます。とはいえ、どのような行為が処分に該当するかは簡単に判断できません。

このため被相続人の預金を私的に流用することはもちろん、返済などについてもできるだけ関知しないほうが安全といえるのです。

ただし、相続放棄をしても相続財産の管理責任が直ちになくなるわけではありません。管理上で必要とされる行為か否かの判断が難しい場合などには、専門家に相続放棄の相談をしてみるのも良いでしょう。

相続放棄が認められない場合の対策

一旦相続放棄の申述が却下されると、同じ相続放棄の申述は二度とできません。このため却下事由に該当する可能性がある場合には、それなりの対策を講じる必要があるのです。

却下となり得る問題点を正確に把握して、受理すべき根拠を明確に示すためには、相続に関する知識だけでは足りません。できるだけ早急に、弁護士に相談することをおすすめします。

熟慮期間が過ぎた場合の対策

相続放棄が広く受理される方向とはいえ、却下事由に該当していれば当然認められません。熟慮期間の超過も、明確な却下事由の1つです。

しかし、熟慮期間の起算点である「自己に相続があったことを知ったとき」に関しては、これまで幾度となく審理の対象となっている問題の1つです。

本人が相続人になったことを知り得なかった合理的な事情がある場合や、被相続人が負っている負債を認識することが困難だったと認められる場合など、実際に3カ月以上経っていても相続放棄が認められたケースは少なくありません。

このようなケースでは、まずは相続に詳しい弁護士に相談をしてみましょう。法律の解釈も含めて、手続きの合理性を主張する必要が生じます。それができるのは弁護士だけです。

却下された場合は即時抗告が可能

相続放棄の申述を却下された場合、その決定に不服があれば即時抗告が可能です。

即時抗告とは、裁判所が下した審判に不服があるときに、上級の裁判所に審理してもらう仕組みです。家庭裁判所が審理する相続放棄の場合、高等裁判所が審理します。

即時抗告の手続きをする場合には、却下した家庭裁判所に対して、2週間以内に即時抗告申立書と追加の資料を提出します。

ここで注意すべきポイントは、追加の書類です。即時抗告は、いわば家庭裁判所の判断を覆す手続きですから、それなりの根拠を示さなければなりません。

受理すべき合理的な理由を法律に照らして示す必要があることから、このような手続きに精通した弁護士の力を借りるのが得策です。

相続放棄を相談できる専門家は?

相続放棄を相談できる専門家は、弁護士か司法書士です。行政書士など、他の専門家が扱う範疇ではないことに注意が必要です。

ただし弁護士と司法書士では、行える手続きの範囲が大きく異なります。弁護士には手続きをすべて委任できるのに対して、司法書士には書類作成だけを委任できると考えれば分かりやすいでしょう。

相続放棄をするに際して、法定単純承認に該当するような事由がない場合には、書類作成を司法書士に依頼することで足りる可能性が高いでしょう。

一方で、熟慮期間に間に合わない可能性がある場合や、相続財産の処分に関して不安がある場合などに関しては、弁護士に依頼することが安心につながります。

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