遺言書に他の人に「全財産を譲る」などと書かれていると、「被相続人の子どもなのに何ももらえないの?」などと悩んでしまいます。しかし、配偶者や子どもといった法定相続人には、遺産の一部を請求できる遺留分が認められています。
この記事では、遺留分侵害額請求を弁護士に依頼する場合の費用とメリットについて解説しています。加えて、実際に遺留分侵害請求をするときの流れも紹介しているため、検討している方は参考にしてください。
- 遺留分とは、一定の相続人に認められた最低限の遺産
- 遺留分侵害請求を弁護士に依頼したときの費用は、遺留分侵害請求額・回収額によって異なる
- 弁護士に依頼するメリットは、面倒な計算や書類作成を任せられること
遺留分侵害額請求(遺留分減殺請求)とは
遺留分侵害額請求権とは、遺言などによって、遺留分権利者が遺留分に相当する財産を受け取れなかった場合に、遺留分を請求できる権利です。遺留分権利者は贈与または遺贈を受けた人に対して、遺留分を侵害されたとして、侵害額に相当する金銭の支払いを請求できます。
たとえば、亡くなった父に遺産が4,000万円あり、そのうちの3,000万円を施設に遺贈すると遺言書に残されていたとしましょう。法定相続人は母と子ども2人だとします。
計算方法については後述しますが、このケースでは母が500万円、子どもはそれぞれ250万円を遺留分侵害額として施設に請求できます。
実際は他にも遺贈や生前贈与などが複雑に関係してくるため、簡単には計算できません。
なお、2019年の民法改正により、「遺留分減殺請求権」から「遺留分侵害額請求権」に変わりました。遺留分減殺請求権とは遺産そのものを取り戻す権利、遺留分侵害額請求権とは侵害された額に相当する金額を取り戻す権利です。
遺留分侵害額請求の弁護士費用の相場
遺留分を侵害されたとして、受贈者などに遺留分侵害額請求を行うための弁護士費用を見てみましょう。
相談料の相場
相談料は正式な依頼の前に、弁護士に相談するための費用です。「初回相談無料」や「30分相談料無料」などと謳っている事務所も多いので、チェックしてみましょう。
相談料の相場としては、30分単位で5,500円ほどに設定している事務所が多いです。相談に要する時間を1時間とすると、1万1,000円ほどを見ておけばいいでしょう。
着手金の相場
着手金は弁護士に仕事を依頼すると発生する費用です。結果の良し悪しに関わらず支払う必要があり、不成功に終わっても返還されません。
着手金の目安として、旧日本弁護士連合会報酬等基準があります。
遺留分侵害額請求額 | 着手金額 |
---|---|
300万円以下 | 請求額の8.8% |
300万円を超え、3,000万円以下 | 請求額の5.5+9万9,000円 |
3,000万円を超え、3億円以下 | 請求額の3.3%+75万9,000円 |
3億円超 | 請求額の2.2%+405万9,000円 |
※着手金の最低額は10万円
実際の金額は弁護士や事務所によって異なります。
報酬金の相場
「報酬金」は事件が成功に終わったときに支払う費用です。一部成功の場合も含まれ、成功の度合いに応じて金額が決まります。成功報酬の目安は旧日本弁護士連合会報酬基準によると、以下の表のようになります。
回収額 | 報酬額 |
---|---|
300万円以下 | 回収額の17.6% |
300万円を超え、3,000万円以下 | 回収額の11%+19万8,000円 |
3,000万円を超え、3億円以下 | 回収額の6.6%+151万8,000円 |
3億円超 | 回収額の3.3%+811万8,000円 |
実際の金額は弁護士や事務所によって異なります。
手数料の相場
「手数料」は事務的な手続きを依頼する場合の費用です。たとえば、内容証明郵便の作成・送付、相続関連書類の作成、相続人調査、相続財産調査を依頼するケースが考えられます。
依頼する仕事によって金額は異なり、内容証明郵便なら3~5万円程度、相続人調査なら数十万円を見ておきましょう。
日当の相場
弁護士の日当とは、事務所から移動することで時間的に拘束される場合に支払う費用です。たとえば、遠隔地の法定に出廷する場合などは、宿泊費・交通費などの実費とは別に日当が発生します。
日当の相場は、出廷1回につき2~5万円程度と考えられます。
日当が発生しない事務所も多いので、チェックしておきましょう。
実費・その他の費用
実費は事件処理の際に実際にかかった費用です。依頼した段階で2万円程度を支払っておき、事件終了後に、実際にかかった費用を清算する事務所が多いです。
実費には次のような費用が挙げられます。
- 交通費・宿泊費
- 通信費
- コピー代
- 予納金
- 保証金
- 鑑定料
- 収入印紙代
- 予納郵券代(切手代)
遺留分侵害額請求を弁護士に依頼するメリット
遺留分侵害額請求を弁護士に任せることによって、さまざまなメリットが生まれます。
書類作成・遺留分計算を任せられる
遺留分請求に強い弁護士に依頼すれば、専門的知識を背景にさまざまな書類作成・遺留分計算を一任できます。素人が行うと思わぬところで計算ミス、手続きミスが発生しがちですが、専門家に任せれば安心できるでしょう。
遺留分の計算は、一見簡単なように思えますが、複数の人に遺贈がされていると計算は面倒になります。間違えると初めからやり直さなくてはならず、本来請求できる金額より低く算定してしまう可能性もあります。
相手方と直接折衝しなくてすむ
遺留分請求の相手方は、同じ相続人である場合も多く、利害が対立すると親族同士でも話し合いが思うように進まなくなる可能性があります。弁護士が代理してやり取りできれば、冷静な解決が可能です。
また、弁護士は依頼人の味方として行動するので、精神的な支えになるでしょう。弁護士が仲介することで相手方に本気度を伝えられるというのも、大きなメリットです。
時効に対処できる
遺留分侵害額請求権には時効があります。相続の開始および遺留分が侵害されていることを知ってから、1年が経過すると消滅します。また、相続開始から10年たつと、遺留分が侵害されていることを知らなくても消滅します。
弁護士に依頼しておけば、時効が成立しないように、有効な手段を打つことが可能です。
調停・訴訟になっても安心感がある
弁護士は相続や遺留分請求について専門知識を持っているため、手続きや調査などをスムーズに進められます。弁護士なら銀行・証券会社、公的機関などへの調査にも慣れています。また、全体的に筋道を立てて問題解決を目指せるのも安心材料です。
さらに、弁護士は依頼人の代理人として法廷で行動できるため、トラブルが発展して調停・訴訟になっても安心していられます。
遺留分侵害額請求の流れ
遺留分侵害額請求の進め方は以下のような流れです。
- 相談
- 調査・分析
- 交渉
- 合意書作成
交渉が不成立の場合は調停・訴訟になることもあります。
1:相談
まずは、弁護士事務所で相談します。インターネットやメールでも相談を受け付けている事務所があるので、とりあえず相談してみてもいいでしょう。
相談する前に、以下の項目を整理してメモしておくと話が伝わりやすくなります。
- 亡くなった人が誰なのか
- 遺言の内容、贈与・遺贈の内容
- 遺産の内容
- 遺留分侵害の額
- 誰に請求するのか
わかる範囲でかまわないので、書き出しておきましょう。書いている段階で自分でも整理でき、話しやすくなるものです。
2:調査
遺留分侵害額がどのくらいなのか、取り戻せるのかを調査します。相続関係・遺産内容・遺言内容について調査が必要ですが、専門知識のある弁護士は何を何処に聞けばよいのかなどを把握しています。そのため、公的機関や金融機関に対して的確な調査が可能です。
3:交渉
次は相手方との交渉に入ります。遺留分侵害額をどの程度取り戻せるのかプランを立てて交渉に臨みます。相手の出方によって、手段を考えなくてはならないため、臨機応変な対応が必要です。
この段階で大事なのは、遺留分侵害額請求の意思表示を明確に行うことです。多くの場合、内容証明郵便を送ることによって、意思表示します。
内容証明郵便とは、いつ・どのような内容で・誰から誰当てに・郵送されたのかを郵便局が証明してくれるものです。遺留分侵害額請求の意思表示を行ったことの証拠になります。
4:合意書作成
交渉の結果、相手方と合意できた場合は、書面にしておきます。合意内容を確実に守らせるため、強制執行などの手段も視野に入れておきましょう。
合意書を作成し、遺留分侵害された金額が支払われたら終了します。
しかし、合意が成立せず、トラブルに発展することもあります。
5:調停・訴訟への対応
交渉で合意できなかった場合は、裁判所の仲介で調停を行うことになります。手続きは管轄の家庭裁判所に対して、遺留分侵害額請求調停申立を行うことです。
調停が成立しない場合は、遺留分侵害額請求訴訟を起こすことになります。訴訟になると費用も時間も多くかかるため、効率よく確実に処理していかなくてはなりません。
遺留分で失敗しないための弁護士の選び方
遺留分侵害額請求で失敗しないように、弁護士を選ぶ際は慎重に見極めなくてはなりません。その弁護士が遺留分請求に精通しているか、費用は妥当かをチェックします。
相続・遺留分に強い弁護士を選ぶ
相続案件に詳しく、遺留分侵害額請求の経験が豊富な弁護士を選んで相談しましょう。弁護士なら誰でも相続案件に精通しているわけではありません。インターネットや口コミ、地元の情報などをチェックして慎重に選びましょう。
また、問題がこじれて訴訟に発展するような場合は、数年にわたって付き合うことになるので、弁護士の人柄も大切です。対応は丁寧か・信頼できそうかなども考えましょう。
複数の事務所から見積をもらう
弁護士事務所を選ぶチェックポイントとして、費用がわかりやすいということが挙げられます。明確な費用提示は、事務所が仕事に自信を持っていることの表れでもあります。
見積を出してもらい、全体的にどのくらい費用がかかるかをシミュレーションしてみましょう。着手金・報酬・実費などの概算を出してもらいます。
このときに大切なのは、複数の事務所から見積を出してもらうことです。特に初めて法律事務所に相談する場合などは、およその費用相場を知っていても、ケース別の費用がかかることまでは判断できません。
複数の事務所から見積をもらえば比較できるので、理解が深まります。無料相談を受け付けている事務所も多いので、相談してみましょう。
遺留分とは
遺留分侵害額請求を行うためには、遺留分について基礎的なことを知っておくのも大切です。ここからは、遺留分の基礎知識を紹介していきます。
遺留分の目的
まず、なぜ遺留分の制度があるのかを見てみましょう。遺留分は兄弟姉妹以外の法定相続人が一定割合の遺産を取得できる権利です(民法1-042条以降)。
「相続できると思っていたのに、全く遺産をもらえなかった」という事態は避けたいものです。そのため、遺言で他の人に「すべて譲る」と書かれていても、法定相続人が一定割合の財産を引き継げるようにしたのです。
遺留分の割合
では、一定割合というのはどの程度なのでしょうか?誰が法定相続人なのかによって、割合は変わってきます。
相続人の組み合わせ | 総体的遺留分 (相続財産に占める遺留分割合) | 個別的遺留分 |
---|---|---|
配偶者のみ | 1/2 | 配偶者:1/2 |
配偶者と子ども | 1/2 | 配偶者:1/4、子ども:1/4 |
配偶者と両親 | 1/2 | 配偶者:1/3、両親:1/6 |
配偶者と兄弟姉妹 | 1/2 | 配偶者:1/2、兄弟姉妹:なし |
子どものみ | 1/2 | 子ども:1/2 |
両親のみ | 1/3 | 両親:1/3 |
兄弟姉妹のみ | なし | なし |
遺留分の計算
遺産に対する遺留分の割合がわかっても、遺留分を算出するのは意外と大変な計算になります。遺留分算出に必要な要素は、基礎となる財産、贈与、債務、財産の評価などです。
基礎となる財産
遺留分算定の基礎となる財産は、相続開始の時点で被相続人が持っていた財産の価額に、贈与した財産の価額を加え、債務を控除した額です。
たとえば、被相続人の財産が5,000万円、法定相続人は配偶者と子ども2人だとします。子どもの1人(弟)への生前贈与が500万円、借金が1,500万円だった場合、以下のように計算できます。
- 5,000万円+500万円-1,500万円=4,000万円
贈与の加算
遺留分の基礎となる財産の計算には、相続人への贈与だけではなく、相続人以外の人への贈与や遺贈も含まれます。
相続人に対する贈与が特別受益に該当する場合は、すべて加算されます。特別受益とは「生計の資本となる贈与」「親族間の扶養的金銭援助を超える贈与」です。
ただし、相続開始日が令和1年7月1日以降である場合は、相続開始前の10年間の贈与に限定されます。
相続人以外の人への贈与は、相続開始前の1年間になされた贈与に限定されます。ただし、当事者が遺留分を侵害することを知っていたときは、1年よりも前の贈与も含まれるため注意しましょう。
贈与ではなく、売買のような有償行為でも、支払った対価が不当に安いような場合は、その対価を差し引いた残額が加算額です。
債務の控除
遺留分算定の際に控除される債務とは、被相続人が負っていた貸金支払い債務や買掛金債務、未払い家賃などです。他にも、税金や社会保険、罰金など、公法上の債務も控除されます。また、債務が相続人によって既に弁済されている場合も控除されます。
保証債務(連帯保証を含む)については、特別な事情がない限り控除されません(東京高裁判決)。
基礎となる財産に含まれない財産
遺留分算出の基礎となる財産に含まれるのか、含まれないのかがわかりにくい財産を挙げてみます。
生命保険金
生命保険金が遺産になるかどうかは、生命保険金の受取人が誰かによって異なります。
生命保険金の受取人に特定の人(配偶者や子ども)が指定されているときは、生命保険金は受取人の固有の財産となります。したがって、生命保険金は遺留分算出の基礎となる財産には含まれません。
ただし、生命保険金が特別受益に準じて持ち戻しの対象となる場合は、遺留分算出の基礎となる財産に含まれることがあります。
死亡退職金
被相続人が会社などに勤務していて、死亡時に退職金が支払われることがあります。死亡退職金が相続財産に含まれるかどうかは、支給規定があるかどうか、受給者は誰なのかなどによって判断されます。
死亡退職金の受給権者が支給規則で決められている場合、死亡退職金は受給権者の固有の権利です。よって、死亡退職金は遺留分算出のための基礎となる財産には含まれません。
遺族給付
遺族給付とは、遺族基礎年金・遺族厚生年金・遺族共済年金・遺族補償給付・葬祭料・葬祭費などがあります。これらは法令等によって受給者が決められており、受給者の固有の権利です。そのため、遺留分算出の基礎的な財産には含まれないと考えられます。
基礎となる財産の評価
基礎となる財産を算定できたら、評価をしなくてはなりません。財産の種類によって、評価方法は異なります。また、基準となる時期は相続開始時です。
土地・建物など
相続開始時の取引価格で評価します。
債権
額面ではなく、担保の有無・債務者の資力等を考慮して、相続開始時の取引価格で評価します。
金銭
金銭の価値は物価によって変わります。贈与時と相続開始時で金銭の価値が大きく異なる場合は、相続開始時の価値に換算します。
遺留分侵害額請求をできる人
遺留分権利者は、法定相続人のうち配偶者・子ども・直系尊属です。および、遺留分権利者の承継人として、遺留分権利者の相続人・包括受遺者・相続分の譲渡を受けた人・特定承継人が含まれます。
注意しなくてはならないのは、以下に該当する人は遺留分を請求できないことです。
遺留分は遺言でも奪えない法定相続人の権利
遺留分侵害額請求(遺留分減殺請求)とは、遺言によって特定の人に遺贈されるような場合に、遺留分を請求することです。
遺留分が侵害されているかどうかを確認するためには、計算方法や遺留分についての専門的な知識が必要です。弁護士に依頼すると費用がかかりますが、複雑な計算を任せられること以外にも、専門家のサポートを受けられ、手続きも滞りなく行えます。
また、相続人同士で直接話し合っていると、つい感情的になって、思わぬ争いに発展しかねません。相続人同士の争いが大きくなる前に、弁護士に依頼することをおすすめします。
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